日常の境界、詩で越える 「悪い兄さん」 今野和代さん
詩を書くようになったのは、30歳を過ぎたころ。子育てをしながら、大阪市内の高校に国語教師として勤めていた。
「日常をていねいに生きようと思いながら、そこから『抜け出せない』というもどかしさもありました」
市民講座で出会った詩人の倉橋健一さんに勧められて詩作を始め、言葉によって、日常の境界を越える魅力に目覚めた。
表題作は、疾走感のある文体で、頼もしかった兄と駆け回った幼い日を描く。「言葉が、つんのめってしまうんです。もっとはるかなところに行きたい、と思いながら書いているので」
友人の音楽家と一緒のイベントで、詩の朗読と演奏のセッションを披露することも。「自分でないものが自分の中から発する声に、もっと耳を澄ませたくて」
「まだまだ本物の詩人ではない」。そう思って、書き続けるという。
平等な死、カラリと詠む 「賑やかな消滅」 永沢幸治さん
詩集部門の最終候補12点の中で、出版社を通さない私家版は一人だけだった。
「私だけ家からぬか漬けを持ち込んだようで。でも、いい死に土産をもらいました」と受賞を喜ぶ。
20代で病気により右目の視力を失い、富山県で鍼灸(しんきゅう)院を営みながら、詩作を続けてきた。
受賞作『賑やかな消滅』は、9歳で生き延びた大阪大空襲や、右目の失明の苦しみを分かち合ってくれた妻をみとった経験を詩につづった。死というモチーフを繰り返し描きながら、どこかカラリとしている。
〈人が死ぬということは、何か清められるような気がするなあ〉
作家、稲垣足穂が語ったというそんな言葉も、作中に引用した。
「みんな平等に死ぬんだと思うと、妙に安心します。やっぱり生きたいと思うから、死のことを考えるんですね」
国民作家の魂、読み解く 「終わりなき漱石」 神山睦美さん
「漱石は、漢詩や俳句を通じて内面の孤独を突き詰め、それを小説で描く人間関係の中に開いていった。そんな『詩魂』を持つ小説家は、なかなかいないと思います」と力を込める。
大学時代に学んだのは、フロベールやスタンダール。漱石を本格的に読み出したのは、比較文学を研究していた大学院時代だ。今回、30代から書き継いできた論考を全て読み直し、改稿。書き下ろしも加え、人間心理の探求者としての姿を「国民作家」誕生前までさかのぼり、読み解いた。千ページを超える大著に「一段落したかなという充足感があります」と語る。
高校時代、教科書で読んだ小林秀雄の評論文に感動したことが、文芸評論の道に進む契機となった。「対象とする作者や作品を論じつつ、自分の直感や物の見方をストレートに表していける。文芸評論のそんなところに、私はひかれます」(上原佳久、増田愛子)=朝日新聞2020年11月11日掲載