「過去と向き合う」書評 「暗い部分」隠す害に共通の認識
ISBN: 9784905497875
発売⽇: 2020/10/10
サイズ: 20cm/317p
過去と向き合う 現代の記憶についての試論 [著]アンリ・ルソー
今年前半、米国で始まった人種差別への抗議は、すぐに国境を越えた奴隷制の歴史の見直しにまで波及した。本書を読めば、それが一過性ではなく、「負の記憶」をめぐる世界的な潮流の一環だとわかる。
この変化は、冷戦崩壊の前後に噴出した第2次世界大戦の戦争責任の議論に端を発する。戦勝国のフランスでも戦時中の対独協力が問題となり、著者は現代史家として、長く論争の渦中に身を置いてきた。矛先は少数のレジスタンスを国民全体の免罪符とする「政治神話」や、アルジェリアとの植民地戦争の忘却にも及んだ。本書では、その体験にもとづき、戦後フランスの国民的記憶の作られ方が批判的に検証される。
こうした取り組みの延長線上で、現在ではユダヤ人大量虐殺の悲劇こそ、戒めるべき欧州共通の記憶と見なされている。歴史の見直しは、さらに欧米以外の内戦や独裁、植民地支配まで進み、独裁者を国際的に裁く道を開いた。著者はこの過程を簡潔に論じて、記憶の「下からの脱国民化」が「民衆の歴史の表明を可能に」したと評価する。
ただし現状の診断は慎重だ。EUのエリートたちは国際的な優位を保つ政治的資源として、ユダヤ人犠牲者と「自らを同化させよう」と、過去を「上から」管理している。また「下から」の声も研究蓄積を無視し、都合の悪い過去を否認する歴史意識に傾きやすい。
それでも「記憶のグローバル化」により、「自国史の暗い部分を隠すことは、それを引き受けるよりも遥かに大きな害をもたらす」という共通認識が育ちつつある。現代史研究の国際交流を進めてきた著者のこの言葉に、希望を見たい。
著者の専門から東アジアへの言及は少ない。しかしアウシュビッツにガス室はなかったと言い放つ「否認主義」が、なぜフランスで活発かを論じた章など、随所で日本の戦後と二重写しになる。比較の視座の必要を痛感させられる一冊だ。
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Henry Rousso 1954年、エジプト生まれ。フランスの国立科学研究センター特任教授(フランス現代史)。