「化け者心中」書評 人か鬼か 境目溶けて江戸の芸
ISBN: 9784041099858
発売⽇: 2020/10/30
サイズ: 20cm/285p
化け者心中 [著]蟬谷めぐ実
これが新人の筆だとは! なんと艶(つや)めいた、そしてなんと凄絶(せいぜつ)な物語だろう。
時は文政年間、江戸の芝居町。ある夜、座元と狂言作者、6人の役者が次の芝居の前読みに集まった。ところがその最中、車座の中央に生首が転がり出る。
あっ、と思ったときに蠟燭(ろうそく)が消えた。暗闇の中でぱきり、ぽきりと嫌な音が響く。そして灯(あか)りをつけたとき、そこに生首はなく、血の溜まりと肉片が……。
誰かが鬼に食べられたのだ。ところが全員、頭はちゃんと揃っていた。つまり鬼が、自分の食べた人物に成り替わったのである。
いったい誰が鬼なのか。その調べを頼まれたのが、かつて一世を風靡(ふうび)した稀代(きたい)の人気女形、白魚屋田村魚之助(ととのすけ)だ。ある事情で両足の膝から下を切断し舞台から引退していた魚之助は、鳥屋の藤九郎(ふじくろう)を足代わりに真相解明に乗り出す。
江戸と上方の言葉が粋に飛び交い、個性的な登場人物に頰が緩む。生き生きとした江戸の情景に、読み始めてすぐ心が浮き立った。だが話が進むにつれ、物語はずしりと重くなる。
魚之助と藤九郎は鬼探しの過程で、役者たちが抱える秘密をひとつずつ暴いていく。そのくだりはミステリとして実に読ませる。その結果現れたのは、芸に命を燃やし、上に行くためなら何でもするという、それこそ鬼のように凄まじい妄執の数々だった。
それに引きずられるように、魚之助の葛藤が徐々に露(あら)わになる。今の自分は役者なのか町人なのか、男なのか女なのか。過去の栄光にすがりつく、ただの異形の者ではないのか。ずっと毒舌で嘯(うそぶ)いていた役者・魚之助が思わず素の自分をさらけ出す場面は、悲鳴が行間から迸(ほとばし)るようだ。
男と女、芝居と現実、人と鬼。それらの境目がどんどん溶けて混じり合う。いつしか読み手と物語の境もなくなり、彼らの渇望や嫉妬が自分の中で暴れた。圧倒的だ。極上上吉(ごくじょうじょうきち)の芸道小説である。
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せみたに・めぐみ 1992年生まれ。広告会社を経て大学職員。本作で小説野性時代新人賞を受け作家デビュー。