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「活動写真弁史」書評 豊かな声の文化 盛衰を克明に

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月12日
活動写真弁史 映画に魂を吹き込む人びと 著者:片岡 一郎 出版社:共和国 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784907986643
発売⽇: 2020/10/31
サイズ: 20cm/573p

活動写真弁史 映画に魂を吹き込む人びと [著]片岡一郎

 無声映画が登場したとき、日本でだけ独特の文化が生まれた。弁士がスクリーン脇に立って解説をしたり、セリフを言ったりする「活弁」だ。本書は、現役の弁士によって書かれた本格的な活弁の歴史書である。
 魅力的な史料と写真の紹介、時代背景の描写を怠らない歴史叙述、思わず噴き出してしまうコラム、そして、まるで活弁を聞いているかのような文章のリズムに酔っているうちに厚さ五センチの本を読み終えていた。台湾や韓国、ブラジルでの活弁も描き日本移民史と接続させる。活弁を通して海外映画が日本文化と融合する有り様も興味深い。スケールの大きな歴史叙述だ。
 活弁は夏目漱石など文人には不人気だったが、庶民は活弁に熱狂した。弁士の巧みな話術のおかげで、退屈な映画を面白く鑑賞できることもあったという。
 本書で特に印象に残ったのは、映像の演じ手の声がそのまま流れるトーキーが登場してから、活動弁士たちの仕事がなくなっていくクライマックスである。弁士たちの活躍によって庶民に映画を提供してきた劇場が、次々に弁士を馘首(かくしゅ)する。少なからぬ弁士が将来に絶望して自暴自棄になったり、自死を遂げたりした。
 弁士も黙っていない。団体を作り、交渉を重ね、ストライキを起こした。政治運動と距離を縮め、左翼思想の流行に影響される。労働組合と劇場の交渉の中には、知性豊かな弁士として名を上げていた須田貞明の姿もあった。須田は「甘く叙情的かつ劇的な」語りで観客を魅惑した人気弁士だった。労使闘争の板挟みにあった彼は、結局睡眠薬を飲んで自殺。本名は黒沢丙午、黒澤明の兄である。
 副題の「映画に魂を吹き込む」というフレーズは、声優や紙芝居の語り手など日本でもっと評価されてしかるべき文化の担い手への、徳川夢声や生駒雷遊など歴代の活動弁士からのエールのようにも響く。声は、文にもまして芳醇な文化を作ってきたのだ、と。
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 かたおか・いちろう 1977年生まれ。活動写真弁士。説明した無声映画は約300作。NHK大河ドラマにも出演。