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チョコを買い付け世界をつなぐ、天職のきっかけは配属だった 「チョコレートバイヤーみり」木野内美里さん

文:五月女菜穂 写真:花田和奈

ローカルなチョコレートを見つけ出す

――チョコレートバイヤーとはどういうお仕事なのですか?

 世界各国にいるショコラティエに会って、ひたすらチョコレートを見て、食べて、商談をまとめて、日本のお客様にチョコレートを紹介する仕事です。毎年11月に発行されるチョコレート専門の通販カタログのために、4月に3週間ほど海外出張に行って、5月にそのデータをまとめて、6月に食品検査をして、7~8月に価格帯や掲載の順番などを決めて、9月に一気に撮影をして、10月に校正して、11月1日に発売するという流れです。

 華やかに思われるかもしれないですが、想像よりもずっと地味ですよ。それに私は会社員なので、チョコレート以外の仕事もしています。

――これまででいちばん印象に残ったチョコレートは?

 一番を決めるのは難しいのですが、私にとって「特別なチョコ」は、パリの16区にある小さなお店「ロワ」。4、5人が入ったらいっぱいになるくらいの小さなお店なのですが、このお店との出会いがなければ、きっとチョコレートバイヤーの仕事も続いていなかったと思います。

 高さ1センチくらいの貼り箱にチョコレートがぎっしり詰まっていて。箱は地味だし、華やかさがない。もっとリボンを大きくしてみたらいいのに…… と思っていた。でもある時、箱に「フレンチ・トラディショナル」と書かれていたことに気がついたんです。きらびやかではなくとも、地元の人に愛されているロワ。「俺たちはトラディショナルなんだ」という気概が感じられました。

 フランスのチョコは、ひと粒が小さくて、箱には仕切りがなくて、ホワイトチョコは入っていなくて、茶色くぴかっと輝いている。そうか、世界のチョコはそれぞれに違うんだ。そのことに気づかされました。ロワのチョコに出会って、私が伝えるべきものが見つかったんです。私の中に芯ができたような気がします。

――チョコレートの情報はどうやって集めているのですか?

 昔は大使館や商社などの人脈をたどって口コミでショコラティエを探していましたが、今はネットを活用しています。SNSで発信されているショコラティエが多くいる時代ですから。とはいえ、ホームページが綺麗でも、実際に足を運んでみたらいまひとつだったり、ホームページはイケていないけれど、行ってみたら素晴らしいチョコに出会ったり。ますます現地に行かないと分からない時代だなと思います。

――世界中の「ローカル」なショコラティエを見つけ出していらっしゃいますよね。なぜローカルに惹かれるのでしょう。

 ショコラティエは基本、砂糖とミルクとカカオだけであれだけのオリジナリティーを出すわけですから。じゃあ私がなぜこの仕事をするのか、自分のオリジナリティーは何なのか、絶えず考え続けたんですよ。それは、日本人がきっと見たことないチョコレートを探すこと。日本では手に入らないローカルなチョコレートに脚光を浴びせることだと思ったんです。

 私自身、神戸に住んでいて、「ローカル」な人間ですが、ローカルの味は贅沢だと思うんですよ。誰も知らないことを自分が見つける。みんなパリには行くけど、フランスの田舎には行かない。ルクセンブルクにも、バルト三国にも、普通は行かない。だから、私にできることはやっぱりローカルなショコラティエを見つけ出すことなんだなと思うんです。アピールは得意でないけれど、とにかくチョコレートを作るのが好き、売るのよりも作るのが好き。そんなショコラティエを探し当てたときにガッツポーズですね。「やった、まだおるんや!」って感じで。

――今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響があって、大変だったのではないですか?

 いや、本当に大変でした。4月からイタリアとロシアに出張にいくつもりだったのですが、飛行機すら飛んでいない状況でしたからね。それで、物流が少しずつ動き出したタイミングで、全世界の取引先に「あなたのハートのチョコレートを作って、日本に送ってください」とメールでお願いをしてみたんですね。

 そうしたら、集まる、集まる。世界中のショコラティエのハートのチョコレートが届いて、ジーンと胸が熱くなりました。スペインのバスク地方のおじいちゃんショコラティエはコロナの影響で長らくお店を休んでいたそうで、最初に開けたメールが私からのメールで俄然やる気が出たと言っていました。今年の「幸福のチョコレート」のカタログは、特別な思いが込められています。改めてチョコレートで世界をつなげている仕事やなぁと実感しました。

目の前の仕事をコツコツ…やがて天職に

――そもそもチョコレートバイヤーをされるまでは、何をされていたのですか?

 実は私、絵が描くのが好きで、美大を出ています。ずっと作家になろうと思っていたんですよ。学生のときは、バックパッカーで、アートを見るためによく旅をしていました。そして、オランダで、生活の中にお花があることが素敵だなと思って。単純なので、そのまま花屋に就職しました。でも、20代後半になって、会社を辞めて。一人でデザインの仕事をやっていた時期もあるのですが、なかなかうまくいかなくてね。20代後半は「不甲斐ない」時期でした。自分の理想と現実との間にギャップがあったんですよね。

 それで、通信販売のフェリシモが神戸に本社を移転するというので、ふらっと採用試験を受けて、ふらっと入社したんです。雑貨やファッションのオリジナル企画で有名な会社だったんですが、私が担当になったのは、出来たばかりの食品部門。毎日、豆腐や干物と向き合って、思っていた華やかさはありませんでしたね(笑)。

――そんな中で、チョコレートと出会ったんですね?

 最初に扱ったと記憶しているのは、バレンタイン特集で、ファッションのカタログの中の見開き2ページを埋めてほしいと言われたときのこと。まだチョコレートブーム前でしたからね。キャラクターもののチョコレートなど、なんとか寄せ集めて埋めましたね。カタログを作る時には情報が必要ですが「こんなに少ない情報量でこんな高いものは売れない」と怒られました。

 海外出張も行っていないし、まだネットもないし、チョコの本もない。だから、自分でチョコレートを「ガン見」するしかなかった。ひたすらに食べて、見て、食べて、見て、を繰り返す。そうしているうちに、国ごとの特徴が分かるようになって、「詳しいから海外出張に行って来て」と機会をもらえ、ブログを書くようになって。チョコレートバイヤーとしての仕事が少しずつうまく行くようになったんです。

――チョコレートが昔から好きだったわけではないんですね。

 はい。私の仕事は味わうことではなくて、覚える仕事。味わうのはあくまでお客様なので。味が映画のオチだとしたら、それまでの登場人物や背景など、ストーリーをお客様にお伝えするのが私の仕事だと思っています。

――木野内さんは、目の前の仕事をやっていくうちに「天職」に出会われた。その引き寄せた理由は何だと思いますか?

 「どうやったら夢の職業につけますか」ってよく聞かれるんです。でも私はいまも“ニュートラル”なんですよね。自分はチョコレート様の下僕で、チョコでお客様が喜んでくださっていることが何よりも嬉しい。いわゆる配属された仕事を一生懸命やっているうちに、自分の仕事が大好きになって、今回の「『幸福のチョコレート』を探しにどこまでも」の出版のお声掛けもいただきました。

 確固たる目標や、やりたいことがあることが偉いとずっと言われていますが、全員がそうでなくてもいいと思います。私には特にそれがなかった。だから、今、夢や目標がなくて悩んでいる人がいたら、焦ることはないと思います。まず目の前のことをとにかく一生懸命やってもいいんちゃうかな。別に大きな夢や一生を懸ける夢が見つからなくても、それは全然普通のこと。だめじゃないです。無理して探さなくてもいいと思いますよ。そのうち、目の前のことが人生を懸ける大切なことになるかもわかりません。

チョコレートで世界をつなげる

――木野内さんがショコラティエに必ず聞くという質問を私にもさせてください。木野内さんにとってチョコーレートとは何ですか?

 人を熱狂させるスーパースターですね。他にないと思うんですよ。国を越えて愛されて、老若男女に愛されて、全員のテンションを上げ続けるチョコレート様。私もすっかり大ファンです。

――今後の夢や目標があれば教えてください。

 実は2021年の秋にチョコレートミュージアムを神戸に作るんです。私たちフェリシモは製造メーカーではないので、チョコレートを作ることはできません。チョコレートの新たな可能性を求めて、パッケージを集めたミュージアムになります。

 チョコレートパッケージには作り手の想いと食べた人の思い出が詰まっている。お客様からのエピソードを集めようとしていて、何万個ものチョコの思い出と一緒に、箱のコレクションをします。ショコラティエもそれを見に神戸に来るだろうし、神戸に来てくれるようなきっかけ、そして、チョコの聖地になればいいなと思っています。

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