堀部篤史が薦める文庫この新刊!
- 『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』 藤本和子著 ちくま文庫 990円
- 『文章読本』 吉行淳之介選 日本ペンクラブ編 中公文庫 990円
- 『私的読食録』 堀江敏幸、角田光代著 新潮文庫 693円
(1)はリチャード・ブローティガン作品などの名訳で知られる著者が、アメリカ在住の黒人女性たちの来歴や暮らしぶりを聞き書きしたもの。19世紀には南北戦争により奴隷制が廃止され、1960年代の公民権運動によって市民権を獲得したはずなのに、今なお「ブラック・ライブズ・マター」が叫ばれるのはなぜか。本書を読めば、未(いま)だ根本的な問題は解決していないことがよく分かる。問題は主流社会との同化ではなく、彼女たちを「生かしつづけてきた」独自性、歴史を失わずにいることだと著者は投げかけている。
(2)古今東西「文章読本」は数多いが、本書は作家たちによる文章指南テキストを編んだアンソロジー。面白いのは選者、吉行淳之介によるあとがきと対談。収録した作家たちに、文章について書くことに対する「厄介な原稿を引受(ひきう)けてしまった」という気配を感じ取り、結局はとりとめもないものとして懐疑的な姿勢を崩さない。要するに文章指南は実用ではなく、それぞれの作家自身を知る上では非常に面白いテキストだと考えられる。
(3)も同様に、数多(あまた)ある食にまつわる随筆や短編のアンソロジーではなく、それらを二人の作家が読み、その味わいを綴(つづ)ったエッセイ集。本書の中で角田光代は『小公女』の甘パンを引き合いに、「本に出てくる食べものというのは、読むことでしか食べられない」と綴る。なるほど、食の本を読むことは空腹をまぎらわす代用行為ではなかったのだ。=朝日新聞2020年12月19日掲載