澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『商売繁盛 時代小説アンソロジー』 朝井まかてほか著、末國善己(すえくによしみ)編 角川文庫 792円
- 『武士マチムラ』 今野敏(びん)著 集英社文庫 836円
- 『U(ウー)』 皆川博子著 文春文庫 1078円
今を生きる意義を問う三冊。
(1)お江戸の「商売」を主題とする短編選集。風呂屋や料理屋、更には全品三十八文均一で商う江戸版百円ショップや、古道具屋兼損料屋――現代流に言えばリサイクル兼レンタルショップなどが登場する各短編からは、世界有数の大都市だった江戸の明るい息吹が生々しく漂ってくる。一方で幕末の頻繁な疫病流行と、慈善活動を行う商家の主を描いた一作は、我々が対峙(たいじ)する現実とも共通する点が多く、全作を読み終えた時、現代とは何かと考えさせられるはずだ。
(2)薩摩藩と清国、更には西洋列強の間で揺れ動く琉球に生きた実在の空手家・松茂良興作(まつもらこうさく)の求道と戦いを描く長編。空手家として、空手塾の塾頭を務める著者はこれまで、空手発祥の地とされる沖縄の空手家を多く描いており、本作はそんな琉球空手シリーズ四作目。郷里が郷里でなくなるほどの転変の中、人は何を信じて生きるべきか。人間が常に考え続けるべき問いの答えが、ここにはある。
(3)十七世紀初頭、衰えつつある大国・オスマン帝国に徴用され、言語と宗教を奪われた三人の少年の数奇な運命と、日に日に同盟国の敗戦の色増す第一次大戦下、ドイツ帝国の潜水艦・Uボートに与えられた極秘作戦。三百年の時を経て絡み合う二つの物語の中に浮かび上がるのは、本来、誰に対しても等しく流れる「時」の重さであり、歴史の確かな存在。我々はどこから来てどこに行くのか、と思慮させられる作品である。=朝日新聞2021年1月9日掲載