従来の欧米中心の主権国家間の関係分析だけでは実態がつかみにくい「グローバルな危機」をどう分析するか。多彩な考察を試みるシリーズ『グローバル関係学』(岩波書店)全7巻が今月完結する。シリーズ編集代表の酒井啓子・千葉大教授は「主体そのもののみに光を当てるのではなく、関係という見えなかったものを見えるようにする学問領域に育てたい」と話す。
「新型コロナウイルス感染症が爆発的に広がった背景には、世界的規模で活発になった人の移動がある。移動は人と人の関係の結果生じるもの。ところが私たちはどうしても、国家や政治指導者などを主語にして問題のゆくえを語ってしまいがちです」
国家は自国民優先で海外からの人の流れを遮断しているが、どの国の対策も国際資本の影響下にある製薬会社に依存しており、ワクチン供給体制には国家の枠を超えた経済格差が反映されつつある。「『主語なき世界』で必死に壁を築く動きと、壁を壊して乗り越えようとする動きがせめぎあっているように見えます」
2010年12月にチュニジアで始まった「アラブの春」から丸10年になる。「ツイッターなどの情報技術が増幅する形で路上の抗議運動が拡大し、国境を越えた。香港や米国で近年起きている現象の先駆けでした」。中東研究が専門の酒井さんは、武装勢力「イスラム国(IS)」などの非国家主体の存在感が高まり、内戦が続いて国家が崩壊の危機にひんする様子も目の当たりにしてきた。
ミクロでローカルな視点を維持しながら、グローバルな視野を持った知の基盤になれば――。シリーズはそんな意図から生まれた。
第5巻『「みえない関係性」をみせる』は、国内外での「キモノ」表象、各国サッカーの地域性と国際性など、親しみやすいテーマを広い視野で扱う。第6巻『移民現象の新展開』は、先進国から見た移民・難民問題など南から北への移動だけでなく、南から南の移動、北からの移動も考察する。「複雑に交錯し、連鎖する関係性の『網』のなかに目をこらすことで、澱(おり)や瘤(こぶ)のような『主体』を浮き彫りにする」のが狙いだ。
今月17日に最後の1冊『「境界」に現れる危機』が出る。昨年9月から刊行が続くなか、オンラインでのセミナー開催を重ねてきた。「コロナ禍でもやれることはないか。ざっくばらんな意見交換でいいから、と続けてきました」
今月23日午後4時から、11年当時のエジプトを知る記者らとアラブの春を振り返るオンラインセミナーがある。新学術領域研究「グローバル関係学」サイトで開催前日まで申し込み可能。(大内悟史)=朝日新聞2021年2月10日掲載