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  4. 蟻川恒正『憲法的思惟 アメリカ憲法における「自然」と「知識」』 自由の追求、現実と隔たり 筑摩書房・増田健史さん

蟻川恒正『憲法的思惟 アメリカ憲法における「自然」と「知識」』 自由の追求、現実と隔たり 筑摩書房・増田健史さん

 法学部に進んだものの、知恵も根気も足らず、教科書を満足に読むことも難しかった。そんな私が没頭し、初めて読み通した法学書がこの本だった。

 本書が扱うのは、一九四三年アメリカのバーネット判決。公立学校における国旗敬礼行事への出席を、宗教的信念により拒否した生徒に対する処分が争われた事件だ。連邦最高裁は、国旗への敬礼を強制する州の行為を憲法違反とした。

 ときは第二次大戦の只中(ただなか)。異論を許さぬ空気が支配する戦時下に、大勢に従わない人々の自由をも保障する米国の懐深さに興味をもち、本書を読み始めた。

 バーネット判決は、多くの人とは違う考えをもつ「マイノリティ」の自由を保護した。ただ、その解決を導くのに、あくまでも「個人」の自由の保護という定式を貫いた点に、蟻川氏はこの判決の核心を見る。

 著者による緻密(ちみつ)にして巧みな読み解きをたどると、バーネット判決が「個人」の自由にこだわった意味が見えてくる。個人と国家をむすぶ根源的な思考が、具体の歴史のなか、本当にあざやかに浮かび上がるのだ。学術書を読み、感動している自分に驚いた。

 この判決に看取されたものは、現代日本の問題を考える上でも意義をもつ、と本書は暗に示す。その通りと思った。同時に、判決の世界像と現に自分が生きる世界との間にある、大きな隔たりは何なのだろう、とも感じた。その後の私の本への関心は、多くがこの隔たりを埋めることに向けられたものだ。振り返ってみて、そう気づかされる。=朝日新聞2021年2月17日掲載