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手塚マキさん「新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか」インタビュー コロナ禍を生き抜く「多様性の街」は今

文:朴順梨 写真:斎藤大輔

流されずに守り続けたい、大事なもの

――現在(2021年1月)の歌舞伎町の夜は、どんな状況ですか?

 閉店や時短営業している店が目につきますが、お金以上に、自分のアイデンティティをどう処理しているのかが気になっています。日本は休日が少ないので、最初のうちは休業要請に対して「支援金もあるし、しばらく休むわ」と納得するかもしれませんが、時間が経つうちに「自分は何のために今まで鍋を振ってきたんだろう」とか、自問すると思うんです。

 それにバーや飲み屋にはお酒だけではなく、仲間や友達を目当てで来る人も多いですよね。店のスタッフやお客さんとの関係が人生の中で大事なものになっているとしたら、それを奪われて果たして生きていけるの? と。

 経営者的目線で言えば、飲食店は時流に合わせてやっていくしかない、でも個人的な思いとしては、流されずに自分の大事なものを守り続けたいし、周りにもそうして欲しい。仕事に対してアイデンティティを持っていれば、何が起きても続けようと思えるし、そういう人のことは、自粛警察だって止められないと思うんですよ。

――「これまで稼いでいたのに文句を言うな」とか、「自分で選んだんだから」とか、営業できないことへの自己責任論も噴出しています。

 それはおっしゃる通りだと思います。歌舞伎町という、世間から排除されている場所であることを逆手にとって、僕らは多少好き勝手にやってきたのは事実ですから。きれいごとで商売をしているわけではないので、自分たちを正当化するつもりはないです。でも僕らの業界に限った話ではなく、「どの職業でも苦しいのは同じだよね」という思いは、皆で共有してもいいのではないかとは思います。

レールから外れて生きられる街

――新著でご自身の生い立ちから語っていますが、埼玉県内の進学校に通っていた高校時代、将来の夢は何でしたか?

 当時から大学を卒業して企業に就職することに違和感がありました。僕は1977年生まれの就職氷河期世代、大学で4年間遊んで就職するという、中途半端な時間の使い方をする気持ちの余裕がなかった。はやく社会の一員になりたいって思いが強かったですね。

――そこで選んだのがホストというのが、面白いですね。

 自分で起業するという感覚はまだなかったし、僕には不良コンプレックスみたいなのがあったので、社会を裏側から見てみたいと思ったんです。でもいずれ真っ当な生活に戻る人間だとも思っていたので、「大学に行く代わりに、不良な時間を過ごしたらいいんじゃないか」ぐらいに思っていたのですが、今思うとなめてましたね(笑)。

――どんな人に向けて書いたのですか?

 「こう生きなきゃ!」という思いに縛られていたり、権力にすがってしまいがちな人です。そういう人って、僕ら氷河期世代に多いと思うんですよ。生き方をジャッジするような教育を受けてきたから、仕方がないところがありますが……。誰かが決めた基準に沿って、正しいものと正しくないものを峻別している人が多いと思うんです。でもそのレールから外れて、もう少しラクに生きてもいいんじゃないかなって。

 僕は30歳後半で歌舞伎町で生きていくことを受け入れ、歌舞伎町を通して多様性を知ることで、ラクに生きられるようになりました。心を開放することで得られる喜びに、早く気付いて欲しいと思います。

――暴力事件も数多く報じられているので「歌舞伎町に行くとおかしくなってしまう」と言われることもあります。

 歌舞伎町は逆に、おかしくならないための街だと思うんです。生きづらさを抱えた人たちは、他の街でもっと生きづらい思いをしてしまうかもしれない。この街には、一般社会の価値観とは違う生き方をしている人たちがたくさんいて、お互い支え合っています。でもずっといられる人ばかりではなく、ドロップアウトする人もいる。ということに過ぎないと思います。

 むしろどんな人でも受け入れる歌舞伎町は、誰もが家族のような人と出会えるはず。そんなこともこの本から読み取っていただけると、とてもうれしいです。

教養は身を助ける。ホストにも知って欲しい

――2018年12月から、通所介護事業の「新宿デイサービス」を始めました。ホストクラブが介護という組み合わせは異色です。

 元々、介護に興味があったのと、ホストのセカンドキャリアについて考えた時に「うちの強みは、相手へのおもてなしだ」と気付いて。ホスト事業を横展開することを考えた時に、最初に思いついたのが介護でした。介護事業をしている人に相談したら、「介護はコーヒーを飲みたい人に、ただコーヒーを淹れるのではない。コーヒーカップにソーサーを敷いて差し上げるような、まさにおもてなしをすることだ」と言われたんです。

 それを聞いて、「コーヒーはお腹を満たすものではなく、味や香りを感じて豊かな時間を過ごすためのもので、まさにホストも介護も一緒だ」と思いました。ホストクラブと違って単価の上限もあるので、一度も黒字になったことがないんですが…

――ところで『ホスト万葉集 』(講談社)の第2巻が、1巻発売から5カ月で出ました。ホストたちの短歌熱は、まだまだ続いているようですね。

 皆がハマっているわけではなくて、コツをつかんできた10人ぐらいのホストが面白がってくれている感じです。流ちょうに詠めるホストとそうでないホストで、ちょっと差がついてしまった感じです。ちなみに僕も先日、NHK短歌に応募したんですよ。そしたら佳作入選して、テキストに収録してもらいました。

――それはすごい!

 短歌は文芸に触れている人なら、誰でも詠めるのではないかと思います。ただ僕らには経験と「シャンコ」などの業界専門用語があって、それが31文字にハマると、突然面白くなるんですよね。

――短歌を勧めたり本屋(歌舞伎町ブックセンター)を始めたりと、後輩ホスト達が文芸に触れる機会づくりに積極的な理由は?

 「教養が身を助ける」からです。「今日はこういうことをやったほうがいいよ」という、ホストのノウハウを教える人はほかにいるので、僕は後輩に一朝一夕では身につかないことを教える係だと思っています。

 僕は「フォー・トゥデイ(For today)」と「カルティベイト(Cultivate)」という言葉をよく使うのですが、「フォー・トゥデイ」は今日のためにすることで、「耕す」という意味のカルティベイトが僕の仕事なんです。「スマッパ!グループ」には20年以上ともに働く仲間もいて、人間関係のつながりが濃い。一緒に働いて成長していく中で、教養を身につけてもらいたい思いがあります。

ホストはフェミニストであれ

――そもそもですが、あえて「歌舞伎町」というタイトルの本を書いた経緯を教えてください。

 おととしぐらいから哲学の勉強を始めたことが、本を書いたきっかけです。ホストは女性の専門家だと思っていたのに、全然そうではなかったことに、30代中盤になった頃に気付いて。そこからフェミニズムについて色々学んでいくうちに、何ごとも哲学の素養がないと理解が深まらないと思ったので、哲学の本を読み始めました。

 でも、難しいじゃないですか(笑)。そこで興味が持てるものを引き寄せていくうちに、ジョルジュ・バタイユに出会ったんです。読んでいくうちに、彼が言っている「無価値で無意味だと思われている数々のものには、ちゃんと価値がある」ということが、ホストにも当てはまるものだと気づいて。僕はホストという仕事を、価値があるものだと心の底から思いたかったし、人にもそう言いたかった。だからバタイユ的な解釈から、水商売を自分の言葉で肯定的に表現したいと思ったんです。

 でも、なんでしょうね……。勉強が全然進まなくて、歌舞伎町を哲学的に解釈することができなくて。色々考えた末に歌舞伎町や僕自身を書くことで、無意味であるものや不要不急なものの価値を伝えられるのではないかと思い、ゆるやかにシフトチェンジした結果、こんなタイトルになりました(笑)。

――手塚さんがフェミニズムに目覚めたのには、何か理由があったのですか?

 「ホストである自分は、女性の専門家だ」と自負していたものの、ずっと「本当にそうなのか?」という思いがあったんです。だから勉強しようと、上野千鶴子さんの本を手に取ったのですが、読んでいくうちに「男である自分は社会の歪みの上にあぐらをかいて、歪みを意識することもなく生きてきたんだ」と気付いて。「男ってこんなに得してるんだ!」と、ひたすらビックリしましたね。

――女性をターゲットに少なくないお金を使わせる商売と「フェミニズム」は、相反する部分があると思います。

 実際、ホストクラブは男女格差で成り立っている部分があるのは事実です。女性が主体的に遊ぶ場所ですが、店の中で女性はお金を使って男性を支えて、ホモソーシャルな空間作りに加担させられています。僕もそれを疑問に思わず、受け入れていたと痛感しました。下駄をはかされている人はなかなか下駄に気付けないし、違和感を明確に言葉にできないものですから。

 だからといって店をやめるのではなく、女性が主体的に遊びに行ける場所であることは事実なのだから、たくさんの女性に触れるなかで、フェミニズムに目覚めるホストを増やすことを目指したいなと思っています。

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