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よしながふみさんの漫画「大奥」、ジェンダーを揺るがした大作がついに完結 

文:若林理央

将軍にとって大奥は悲しい場所

©よしながふみ/白泉社

――江戸幕府の将軍や大名は、史実では男性です。それを女性に置き換え、女性だった人物を男性にしてジェンダーを揺るがせた作品でもある『大奥』。この斬新な構想はいつ頃からあったのですか?

 学生時代、女王様の国を描いた作品をイメージしたことがあったんです。ただ当時はプロの漫画家ではなく、いちから物語の世界観を決めるのは大変だと思って心の隅においておきました。

 その後、2003年にドラマ「大奥」を見て、子どもの頃、夢中になっていた1983年の同名ドラマを思い出しました。83年の「大奥」は家光から慶喜の時代までを1年かけて放送していて、回ごとに時代が進みます。登場人物も年をとり同じ役でも演じる女優さんが変わる。そんな連ドラを見たのは人生初でした。2003年のドラマでその衝撃が蘇ってきました。江戸時代の日本は鎖国をしていたし、大奥と「女王様の国の物語」がそこで結び付きました。

――『大奥』は将軍や大名が男女逆転したことにより、ジェンダーの観点からも大きな反響がありました。それについてはどう感じましたか?

 私は男性だから女性だからということよりも、政権を血で継いでいく限り、どの将軍にとっても大奥は悲しい場所だということを描きたかったんです。性別を問わず彼らは将軍職を継ぐ子どもを作る義務を背負っていますから。

©よしながふみ/白泉社

――本作で女将軍が誕生したのは、3代将軍・家光が疫病「赤面疱瘡」で命を落としたからでしたね。

 男だけがかかる病なので将軍だけではなく大名家の後継ぎも死に絶え、女が表に立つしかない状況です。家光の死を伏せ、隠し子の少女を「家光」にするところから始めて、幕末に女将軍の時代を終わらせたい。ただ社会が元に戻るには数十年の月日が必要です。明治維新から逆算して18世紀末に「赤面疱瘡」を治そうと思いました。そのとき『大奥』の大枠が決まりました。

疫病を治す節目の緊張感

――1巻の主人公を女将軍の始まりの家光ではなく、8代将軍の吉宗にしたのはどうしてですか?

 序盤は誰もが知っている将軍にしたかったので「暴れん坊将軍」で有名な吉宗にしました。質実剛健な吉宗が、大奥が美男だらけなのを見て無駄だと解雇する場面も痛快だと感じて入れました。

©よしながふみ/白泉社

――2巻で時代が家光の治世に遡り、女将軍が擁立された理由が明らかになります。

 最初の女将軍になった家光は最愛の側室・有功(お万の方)に対しては可愛い人。でも最後まで残酷なところもあるし、政治的にはひどいこともしているんですよ。家光のようなキャラは時代ものでしか生み出せません。私にとって初めて描く人物像でした。今振り返ると、例外はあるにせよどの将軍も歴史上の人物を参考にしたからこそ描けたキャラクターだったと思います。私の頭の中で考えただけでは、これほどの個性の幅は出せなかったと思います。

――全編通して大変だったところは?

 10巻前後の赤面疱瘡を治すくだりは『大奥』の節目なので、ずっと緊張感がありました。幕末に向かうために、取りこぼしのないように伏線や流れを丹念に振り返り編集さんと打ち合わせをしました。同時並行で『大奥』初の志のない極悪人・治済(11代将軍・家斉の母)が暗躍していたので、そこも決着をつける必要がありました。

©よしながふみ/白泉社

将軍の子供を猫にする案も

――11代の家斉をはじめ12代の家慶ら、終盤の登場人物の多くは史実どおりの性別になっていきますね。

 写真が残っている人物は、天璋院以外、史実どおりの性別にしました。家斉は最初、女にするつもりでした。ただこの将軍は子だくさん。当時の担当編集者さんが猫好きだったこともあり「いっそたくさん生まれた将軍の子供を猫にしようか」という話もあったのですが、結局男性にしました。家斉と家慶によって「将軍に子どもが多いとこんなに財政が厳しくなるのか。それなら家慶の次(家定)はまた女将軍がいい」と皆が思う流れにしています。

――約150年ぶりの男将軍・家斉は、周囲に少し見下されている印象もありました。

 もとを辿れば家光の時代に、赤面疱瘡で男が激減し、女が表に立つしかない状況になっています。家斉は幼少期にワクチンができて接種しましたが、その頃は女が権力を持つのが当然だった時代。彼が11代将軍になってもその地位はお飾りでしかなく、実権は母である治済が握っていました。

描写が最も難しかった人物は

――登場人物のキャラクターは最初からすべて決めていたのですか?

 話を進めつつ性格を決めた人物は多いです。例えば最初の女将軍・家光の最愛の側室お万の方は、最初の大奥総取締役で、幕末まで語り継がれる男です。彼の人物描写が全編通していちばん難しかったですね。

 彼は負けず嫌いなところもあるし、分解して考えるとそんなに良い人ではないんですよ。家光が跡継ぎを授かるために新たな側室を迎えた夜、それまで冷静だったお万の方が耐えきれず襖を刀で斬りつけます。そこでようやく有功の高潔な人格はある種の見栄っ張りなのだとわかって、そうしたら急に彼が人間らしく思えて愛着が持てるようになりました。

©よしながふみ/白泉社

――『大奥』は丁寧に時代考証をしたうえで、江戸幕府に女将軍がいたというフィクションを描いていますね。描きながらよしながさんご自身、何か気づきはありましたか?

 私はいわゆる歴女ではないので『大奥』では歴史上の有名人だけ登場させました。ただ幕末は複雑なので、『大奥』映画化の際にお世話になった時代考証学会会長の大石学先生や歴史学者の磯田道史先生にお話を伺いました。そんな中で、幕末の将軍たちが「なぜそのような性格になったか」が見えてきました。

――14代の家茂は人格者、15代の慶喜は久しぶりの男将軍で、情のない人物として描いていますね。

 家茂や吉宗は母親の身分が低かったんです。だから手元において彼女たちを育てられた。でも慶喜は母が朝廷から嫁いだ高貴な女性で、あまり会うこともできず、父親からは非常に厳しい教育を受けて育ちました。そういう成育歴の違いが将軍の個性として表れるのだと思います。

©よしながふみ/白泉社

――2月26日発売の19巻の見どころは?

 やはり江戸城の無血開城でしょうか。『大奥』でどうやってそれが成し遂げられたのかがこの物語ならではの展開になっています。なぜ今までの女将軍たちは苦しみ、悲しみながらも必死で生きたのか、ラストでその答えを確かめていただけたらと思います。

 本作に限りませんが、私にとって物語を完結させる作業はとても楽しいことなんです。『大奥』は長かった分、物語を閉じる楽しさもひとしおでした。最後までたどり着けたのはひとえに読者の皆様のおかげです。ここまで長いこと本当にありがとうございました。