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東村アキコさん「私のことを憶えていますか」インタビュー イメージ一転、「初恋」を描いたピュアな恋愛漫画

文:若林理央 写真:家老芳美

自身の「初恋」の記憶が原点

『私のことを憶えていますか 1』より (C)2020, Higashimura Akiko, neostory, All rights reserved.

――『私のことを憶えていますか』のテーマを初恋にした理由は?

 この作品は日韓同時配信で、タイムラグなく更新できるようにスピーディに韓国語翻訳もしてるんです。これは漫画界で初めてのチャレンジなのですが、今後アジア各国やそれ以外の国でも配信もすることが決まっているプロジェクトなので、テーマは国とか年齢とか関係なく、どの人もみんな経験のある「初恋」にしようって思いついた感じですね。

 主人公の遥は小学生の頃、3つ年下の男の子に好きになって、彼が引っ越すときにスーパーボールをもらった。ただ相手が年下だから、同級生の男の子にばれるとヘンタイ扱いされるかもと思って自分の気持ちを隠してたんです。大人になった遥はそれを思い出すんだけど、あのエピソードは、スーパーボールにしたところ以外は私の実体験なんです。私の場合は緑の恐竜のおもちゃだったかな。あのときの手の感触、すごく覚えています。

――3つ年下というのも東村さんの経験からなのですね。

 私の漫画は自分の経験をもとに始まることが多いんですよね。隠れショタコンみたいに思われてヘンタイ扱いされるのがいやだから、秘密にしてました。3つなんて大した年齢差じゃないのにね。

『私のことを憶えていますか 1』より (C)2020, Higashimura Akiko, neostory, All rights reserved.

令和のアラサー女子は10年前と違う

――東村さんの漫画はアラサー女性が主人公になることが多いですね。本作の主人公・遥も30歳です。

 日韓どちらにもアラサーのファンがすごくいっぱいいいてくださって。仕事を頑張ってるけど、恋愛は忙しくてなかなか…という人も多い。メインキャラがアラサーの『東京タラレバ娘』(講談社)も韓国でたくさん読まれているし、やっぱりその年代の主人公がいいなと思ってそうしました。遥って、私が仲良くしたり相談にのったりしてる令和のアラサーの女の子たちみんながモデルなんです。

 ゆとり世代とかさとり世代という言葉もありますが、若い人のカルチャーや考え方って10年くらいで変わりますよね。『東京タラレバ娘』に登場するアラサー女子は、今振り返ったら「派手だったな」と思います。同じように仕事で疲れていても、誘われたらおしゃれして遊びに行くタイプの子たちでした。遥は服にお金をかけていないし、休日も家の中にいたいんですよね。

――『私のことを憶えていますか』で描かれるアラサー女子の恋愛についてはどう思っていますか?

 たとえば韓国のエンタメ作品では、主役の男女はなかなかくっつきません。私の『偽装不倫』もそうだったけど、日本のドラマにおいては出会ってすぐに一夜を共にすることもありますが、韓国なら絶対アウト。これって今の日本人からすると新鮮ですよね。この漫画でもそんなプラトニックさを大切にしています。

日韓同時配信、背景描き分けも

――日韓同時配信は、漫画で登場する物や場面にも影響を与えていますか?

 韓国だけでなくこれから配信される海外の読者に違和感なく読み進めてもらうことが大事だから、日本ならではの情景、たとえば居酒屋・河原・ランドセルは描いてないですね。ファッションも独特なものは避けています。あと大きいのは1巻の最後に出てくる祭りの場面かな。日本特有の夜にやっている夏祭りじゃなくて、昼のワイナリー祭りにしてます。昼に行われるフェスティバルなら、世界中にあるんです。だから、どの国の人が読んでもわかりやすいんですよね。

 ただ油断すると私もアシスタントさんも和風のものを描いちゃう。よく作業中に「だから河原を描くなって~!」って後ろから言ってます(笑)

――大変な作業だと思うんですが、日本と韓国で描き直しもしていますか?

 描き直していますね。たとえば日本の東京タワーは韓国配信では、ソウルのランドマークのような存在の南山ソウルタワーに。車を運転する場面も日本は右ハンドル、韓国は左ハンドルにしてますね。

 日本でも人気だった韓国ドラマの『梨泰院クラス』も、もともとはウェブ漫画で、日本で配信されるとき『六本木クラス』って名前になったんですよ。「変えなくていいんじゃないかな」とそのときは思ったんですが、たしかに梨泰院が日本の六本木みたいなところってわかればイメージしやすい。

 『私のことを憶えていますか』は韓国以外の国でも展開するプロジェクトなんです。日本特有のものが描かれていなければ、海外で映像化した場合も作りやすいだろうし、思い切って変えちゃいました。

――『私のことを憶えていますか』は韓国の映像作品の影響もありますか?

 あります!「恋のスケッチ~応答せよ1988~」を見て士気を高めてます。あとは「ある会社員」(2012年公開の映画)。男の子がすごい年上の人に恋をして、大人になって再会するところとか、すごく影響を受けてますね。日本のドラマなら浅野温子さんと織田裕二さんが出演されていた1993年の「素晴らしきかな人生」! 海外の小説ならオルコットの「若草物語」とか。全部初恋の描写がありますね。

恋愛より仕事をしたいアラサー韓国女性

――本作を読んだ韓国の読者からの反響は?

 昔から日本の漫画は韓国でも人気で、オタクの子じゃなくても日本の芸能人のことに詳しいし、本屋さんにも日本の漫画があるし、漫画喫茶も日本と変わらないくらいあちこちにあります。日韓同時配信・描きおろしで読めるのが、まず喜ばれたみたいです。

 韓国のウェブトゥーン(縦読みスクロール漫画)は配信してすぐにたくさんのコメントが書き込まれるんです。想像以上に「面白い」って言ってもらえてて、熱量もすごくて。そのおかげで描き続けられてます。

――30歳の遥が結婚や恋愛について悩んでいる姿は、韓国だとどのように受け止められましたか?

 遥は30歳になったことをすごく気にしてるけど、韓国の読者さんたちは結婚願望が薄いみたいで「30なんてまだ若いのになんで? 結婚なんて後回しでいいじゃない!」というコメントが多いですね。日本は今、早く結婚して仕事をしながら家庭生活を送りたいっていう子が増えてきた感じがします。

『私のことを憶えていますか 2』より (C)2021, Higashimura Akiko, neostory, All rights reserved.

――日本と韓国で人気の出る男性像も違いますか?

 イケメンって国境がないんですよね。でもタイプで言うと、日本の少女漫画はオラオラ系っていうか主人公をぐいぐい引っ張っていくような、どちらかと言えばドSなキャラが人気で、韓国は反対に上品でやわらかくて優等生っぽいキャラがもてる気がします。

ときめく瞬間を大切に

――SORAと猫作キャラクター設定はどのように?

 遥の初恋の相手「こうちゃん」とすごく似ているSORAは、ザ・韓国俳優。仕事で韓国の俳優さんに会うことがありますが、彼らはまさにSORAみたいな感じなんです。幼い頃に経済的に苦労していたり、悲しみを背負っていることも公になっていたりします。

 遥の地元の幼馴染でワイナリーを経営してる猫作はモデルがいるんです。モデルにするよってお願いして許可ももらってます。その人は大きい焼酎の会社の息子で。ツンデレっていうか、ああいう素直になれない男の子、小中高でいましたよね。跡継ぎ特有のあのまっすぐじゃない感じ、いらいらするけど可愛いんですよね。

『私のことを憶えていますか 1』より (C)2020, Higashimura Akiko, neostory, All rights reserved.

――私は猫作推しなので女性人気の高いキャラだと思っていました。

 そうなんだ! 猫作って子供の頃からコミュニティが変わってなくて、そのままのパワーバランスで大人になった人。遥とうまくいくためにはもうちょっと大人にならないといけないと思います(笑)。ただすごくいい子なのは間違いない。SORAと猫作、どちらも1回は遥とうまくいかせてみたいとは思ってるんですけどね。

――結末は決まっているんですか?

 決めています。だけどラストまでにどんな感じで登場人物が動き出すか、私もまだ予想できない。

――今後の展開は?

 SORAにはお兄さんがいてちょこちょこ登場してるんですけど、あの人は弟をスターダムにあげるためにいろいろ敵を作ってるんですよ。まあ芸能界ってそんなところですよね。そのうちの誰かにこれから復讐されるターンがあったり…。

 一方で遥はスキャンダルを取り上げないといけない自分の仕事にくさくさして自信が持てない。でも私はゴシップライターだって正義の味方になれるし、ペンの力で何かしら誰かを助けられるって思ってるんですよね。今後は遥が自分の職業を肯定できる出来事が起きる…って感じですかね。恋愛要素の強い漫画ですけど、お仕事ものの要素も加わってきます。女性にとって大きいのは恋愛だけじゃなくて仕事もなので。

――読みながら自分の初恋を思い出して「あの頃、他の選択をしていたら」と思う人もいるかと思います。この漫画には東村さんのどのような恋愛観が反映されていますか?

 私は2回結婚して2回離婚してるんで偉そうには言えないんですけど、長い人生でパートナーがいたほうが楽しいのでは?って考えてます。もちろんひとりで生きていきたいって人を否定するつもりはないけど、私の周囲の若い女の子は「先生、もうやばいです。誰か紹介してください。結婚したいです」って人のほうが多いし、私もそういう読者に向けて描いてるんですよね。

 もちろん絶対的な王子様を見つけるなんて無理だってわかってる。でもハードルは決して高くないんですよ。読者の皆さんの人生にときめく時間があればいいんじゃないのって思ってます。読者さんが初恋を思い出してるうちに同窓会があって再会…とか、あったら素敵だなあ。

 少女漫画家としてのやりがいも、読んでるうちに読者の方が「大恋愛したい」と思ってところにあるんで。恋愛して脳からドーパミンがわーっと出る期間ってあるじゃないですか。若い人たちにはそれを味わって、結果的に人生のパートナーが見つかったら最高ですよね。