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「科学探偵 シャーロック・ホームズ」書評 推理は化学なんだよワトスン君

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月06日
科学探偵シャーロック・ホームズ 著者:J.オブライエン 出版社:東京化学同人 ジャンル:小説

ISBN: 9784807909834
発売⽇: 2021/01/21
サイズ: 19cm/295,15p

科学探偵 シャーロック・ホームズ [著]ジェイムズ・オブライエン

 シャーロック・ホームズが初めてワトスン博士に会ったとき、一目見ただけで「きみ、アフガニスタンに行ってきましたね?」と看破した。ホームズを特徴づけるエピソードである。
 だがそれが、ホームズが何をしている時のことだったか、すぐに答えられるのはシャーロッキアンと呼ばれる熱心なファンくらいではないだろうか。彼は病院の実験室で血液検出検査の真っ最中だったのだ。
 ホームズ初登場作の『緋色(ひいろ)の研究』では冒頭からホームズが科学に強いことが紹介される。以降、全60編に及ぶ長短編では折に触れて科学知識が登場し、ホームズの推理を助ける。これは19世紀末から20世紀初頭の小説としては極めて先駆的なものだった。
 本書の著者、J・オブライエンは化学の専門家であり、その視点からホームズの調査手法を論じた本書で2013年のアメリカ探偵作家クラブ賞を最優秀評論・伝記部門で受賞した。
 これが実に興味深い。指紋、足跡、筆跡、薬物などなど、項目ごとにどの作品でどのように使われたかが紹介され、当時の科学捜査の実情や実例と併せて検証される。たとえば指紋の項を見ると、イギリスで指紋が犯罪捜査に使われ始めたのは1890年代なのに対し、ホームズは1890年刊行の『四つの署名』で早くも指紋に言及している。他にも木炭の不完全燃焼による一酸化炭素中毒や犬を使った調査など、ホームズはまさに最先端だったのだとあらためて驚かされた。
 現代の知識で見れば間違いもあるが、それもまた詳細に検証されるので、かえって興味を引かれる。
 だが話は単なる礼賛にとどまらない。科学にまつわる描写が次第に減っていくことを指摘し、科学の存在がいかに物語を豊かにしていたかを説く。推論や自白に頼っていたそれまでの犯罪小説に、科学と論理をもたらしたのがホームズなのである。ファンならずとも得るものの大きな評論だ。
    ◇
James F. O'Brien 1941年生まれ。米ミズーリ州立大特別名誉教授。ホームズと科学について120回以上講演。