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「2.5次元文化論」書評 現実と創作の二重性味わう世界

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月13日
2.5次元文化論 舞台・キャラクター・ファンダム 著者:須川亜紀子 出版社:青弓社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784787234803
発売⽇: 2021/01/27
サイズ: 19cm/277p

2.5次元文化論 舞台・キャラクター・ファンダム [著]須川亜紀子

 「テニミュ」とは、少年マンガ「テニスの王子様」を舞台化したミュージカルである。2次元で描かれていた原作の世界を、3次元の世界に構築することから、こうした文化活動を「2・5次元」という。2・5次元文化の原作にはアニメやゲームもある。2018年末にはゲーム「刀剣乱舞」舞台版の役者たちが、キャラクターに扮して紅白歌合戦に出場した。
 2・5次元文化の中心にいるのは役者ではなくキャラクターだ。テニミュでいうと、役者はキャラクターと人間的に似ている者が選ばれ、日常でもそのキャラクターをまとうことが期待される。そしてテニス部合宿のような稽古合宿に参加する。体力作りのためのマラソンは、まるでテニス部の訓練のようだ。ファンはこうした舞台裏も含めてテニミュワールドを楽しむ。稽古合宿にテニス部合宿が投影されるのが典型だが、現実とフィクションの二重性は2・5次元の特徴である。上演ごとの舞台の上達も、テニス部の上達のように認識されるのだ。
 そのような2・5次元を成立させるのは製作者、役者、ファンらの相互作用である。そしてこれら現実の人間たちを結びつけるのは、身体はもたないが、魂をもつようなキャラクターだ。身体をもつ役者は年をとり、やがて別の若い役者に入れ替わる。ファンは新しい役者がキャラクターのイメージから逸脱しないなら、その役者を受け入れる。
 ファンは同じ嗜好(しこう)をもつ者同士で、ネット上にファンダム(嗜好の共同体)を作り上げる。現在、コロナ禍で演劇は厳しい状況に置かれているが、著者は「シアターコンプレックス」のようなオンライン舞台配信に目を向け、そこでの人間認識や、国境を越えるファンダムに注目する。
 この本は2・5次元に関心をもつ人のためだけのものではない。コンテンツやコミュニティ関連のビジネスに携わる者は、本書の洞察から多くを得るだろう。
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すがわ・あきこ 横浜国立大教授(ポピュラー文化研究、オーディエンス/ファン研究)。著書に『少女と魔法』。