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滝沢カレンの「乱れからくり」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

ここは2056年。
随分と文明は進化して、生活は日々変わってきている。

そんな中、新たな大手のおもちゃ屋さんが完成したがっていた。

その名も「キッズ・アース」。

全世界から注目されているだけあって、かなり時間をかけて、それはそれは慎重に慎重に作り上げていた。

そんなおもちゃ屋さんもついに明日開店パーティーが行われる。
世界各国のおもちゃ屋専門家や、名を知らしめる代表者などが来る予定になっている。

そんな明日に緊張と不安と期待をよせるおもちゃ屋の部長、アッゾウニ。
アッゾウニは今回ほとんどの重役を受け持ってきたため、誰よりもこのおもちゃ屋にかけている。

「あぁ。明日は大切に育て上げてきたキッズ・アースの開店日だ。緊張しすぎず、堂々とするぞ、自分」
緊張しやすい、アッゾウニは眠れない夜を迎えようとしている。

そして、朝がやってきた。

「あなたぁ〜! ほら朝ごはんよ。今日は頑張ってね」
アッゾウニの妻が、朝ごはんを支度して待っていた。

「あぁ。ありがとう! いただきます」
いつもと変わらない会話をすると、アッゾウニは期待を膨らむに膨らませ、会社に向かった。

「いってらっしゃい」
「いってきます!」

それが妻との最後の会話になるとは誰もが予想しなかっただろう。

アッゾウニは、鼻息混じりの歌を歌いながら車でおもちゃ屋さんに向かっていた。

ザババババババ。
急に鳥の群れが、アッゾウニの頭を飛び去った。

「なんだなんだ? 風向きでも変わるのか?」
アッゾウニは呑気な的外れな予想を口走りながら、豊かに車を運転した。

すると、空に輝く何かを目にした。

「え? 流れ星? こんな朝っぱらから見れるなんてついてるな」ときっとすぐに消えてしまう流れ星を目で追いかけていた。
だが、その流れ星は消えることなく、むしろアッゾウニに近づいて来ていた。

「え? 飛行機? え? え?」
アッゾウニの運転はみるみる震えてガタガタと右往左往を繰り返した。

するとあたりは真っ白に。
まるで光の口に飲み込まれたような世界だ。

アッゾウニはあっけなく、隕石に踏み潰されてしまった。

連日連夜、アッゾウニの隕石追突事件はニュースにしつこく流された。
そして、アッゾウニが人生の半分を使ってきたおもちゃ屋「キッズ・アース」を見届けることなく、45歳の幕は落ちるように下がった。

何より悔やまれたのは、アッゾウニを襲った隕石の大きさは直径10cmという極小隕石だった。
それだけに、かわせたのじゃないかと専門家たちは口を開き出した。

まぁ10cmだとしても、相手は宇宙の遥か彼方からやってきた瞬足隕石だ。
命中すれば、どんな強いゴリラだって死んでしまうのは確実だ。

そんな異論に正論を突き飛ばす専門家たちは後を絶えなかった。

深い悲しみに、苦しんだのは「キッズ・アース」の仲間たちにも増して、家族だった。
アッゾウニの妻・ガレンチヨは、夫との突然の別れに足腰さえ弱くなっていった。

そんな周囲の心配もアッゾウニがこの世を離れて3ヶ月もしたら、徐々に薄まりつつあった。

ある日。

妻のガレンチヨは久しぶりに太陽を見るまでに元気があがり、「キッズ・アース」に行くことにした。
アッゾウニの死後、行く気にもなれなかった妻にようやく力が沸いたのだ。

晴れた空はあの日のように清々しかった。
ガレンチヨは電車を4回乗り継ぎ、目的地に向かった。

だが、その日もうまくはいかず3個目の電車が大事故を起こしたようで終日運休になってしまった。

「えぇ。そんなのあり? こっから歩くなんて30分以上かかるわ」
ガレンチヨの弱った足腰に30分はだいぶ高度な山登りのようなもんだ。

でも、夫アッゾウニのために、ガレンチヨは足を進めた。

ありがたい幸せは、晴れていたからだいぶ空を見ながら歩けたことだ。
久しぶりの空は宇宙に透き通るように限りなく水色で、いまにもアッゾウニと顔が合いそうな空だった。

「はぁ〜きもちいい。たまには外に出るのも悪くないね」
ガレンチヨは大きな空に見つめられながら歩みを前へと進めた。

ゴォーン ゴォーン。
周りは新都市の開発に向けてそこら中で工事が行われている。

2056年ともなると、次から次へと新しいものが生まれてくる。
なので徒歩で移動する者もいたって少ない。

まさに、その瞬間だった。

!!!!

"ドゴッンドッジン ガガガガガ ビーンガッシャン!!!"

ガレンチヨは、新都市開発でコンクリートを総とっかえしていた、マンホール穴についに身体ごと落ちてしまった。

それはまるで落とし穴に落ちていくように。

足元さえ見ていれば落ちるはずのない、穴。

なぜ?

そこはこの辺りでは珍しく底無しマンホールだった。

それに被さるように皮肉なのは、周りが工事真っ盛りだということ。
ガレンチヨの落下した音は誰にもどこにも聞こえるはずはなく、歩いて移動する者もましてやいない。

ガレンチヨは誰にも知られずに、この世の者ではなくなった。

ガレンチヨは普段からあまり外出する人柄ではなく、ましてや、夫のアッゾウニが亡くなってからは家から出ていなかった為、周りが見かけないという心配すらなかった。

そう、誰一人ガレンチヨに気づく者はいなかった。

だが、一つの幸いは、アッゾウニとガレンチヨの間には疎遠ながらも、娘が一人いた。

娘の名前は、レガツェン。
もう結婚しており、二児の母だ。

アッゾウニとガレンチヨとは住んでいる場所からも遠く、結婚してからはほとんど会っていなかった。
だがガレンチヨの静かな他界後、レガツェンは何かの使命感があるように、母ガレンチヨに連絡を取ろうとする。

もちろん自宅は不在。

周囲にガレンチヨの友達もいないことを知っていたレガツェンもまた、はるばる「キッズ・アース」に向かうことにした。
レガツェンは5歳と2歳の娘もいたため、家族4人で出かけた。

道のりは遠く車で約6時間の長旅だ。
車内では、みんなで歌を歌ったり、サービスエリアに寄り道したりと旅気分で賑やかだった。

「もう少しで、おじいちゃんが作ったおもちゃ屋さんにつくからね。ここでみんなおトイレ済ませましょ」
レガツェンが娘たちにトイレを促した。

レガツェンの夫バガイガも飲み物を買うため同じストアに入った。
ストアには人っ子一人いない静かな店内だった。

「平日だけど、やけに人少ないな」
父のバガイガが周りを不思議そうにキョロ見した。

「本当ね。さ、はやく向かっちゃお」
レガツェンが娘たちとトイレに入った。

バガイガがレジにジュース2本と水一本を片手に抱えて向かう。
帰ってきたレガツェンたちと車に戻ろうとすると・・・・・・そこにはワニの群れが車を囲んでいた。

その名もクロコダイルだ。

絵:岡田千晶

「きゃー! なに? なんでよ! ちょっとバガイガ! 退治してよ」
「んなんなんな、無理に決まってるだろ。何匹いるんだよ。ありゃ30匹はいるぞ」

娘たちは泣き叫ぶあまり、ワニたちがこちらを気付いてしまった。

圧倒的に短い足で這いつくばりながら向かうワニはとてつもなく速いうつぶせだ。
あっという間に、バガイガ一家はワニに食べられてしまった。

ストアに寂しく横たわる看板には「ワニの聖地のためやむなく閉店」と弱々しく書かれていた。
バガイガ一家がこの看板さえ、見つけていれば生死は変わっただろう。

たった半年の間に、アッゾウニ、ガレンチヨ、レガツェン、バガイガ、そして娘2人がこの世から消えた。

アッゾウニの件のみ、ニュースになったものの他の家族たちはこの世からあの世へ行ったことすら知る者はいない。

そう、アッゾウニが手掛けた「キッズ・アース」なんてなかったのだ。
それはこの世界の王、ドナイガのための子供部屋にすぎなかった。

あまりにワガママなドナイガ王はおもちゃ屋さんのようなお部屋が欲しいと世界に注文した。
たくさんの建築家やインテリアデザイナーが手をあげたが、どれもドナイガが気にいることはなかった。

そんな中、近未来的世界の中心に建つと大々的に放送されていた「キッズ・アース」。
どこよりも魅力的な形と、どこよりも限りなく遊園地に近い内装に、惚れ込んだドナイガ王はここに住みたいと言い出した。

もちろん、完成間際の膨大なおもちゃ屋に住むのはいくら王とは言え無理な話だ。

でもそれでも、ドナイガ王の為にたくさんの大人が「キッズ・アース」に頼み込んだ。

毎日通い、毎日頭を下げた家来たちだったが、唯一この依頼に首を曲げなかったのが、アッゾウニだけだった。
アッゾウニは0の0からこのおもちゃ屋を考えており、アッゾウニの夢のひとつでもあったため、周りのスタッフとはただならない気持ちの差があったのだろう。

その申し出の拒みに、爆発精神を燃やした大人たちが、アッゾウニをこの世からいなくさせようとした、莫大な計画だった。

アッゾウニが手掛けているのは世界的に有名だった為、"アッゾウニの死後、このおもちゃ屋は王が責任持って買い取ってくれた"という言葉がほしかったのだ。
もちろん一家全員がこの世界からいなくなった時に。

アッゾウニや家族たちのいないおもちゃ屋「キッズ・アース」はもはや、なんだって手回しができ、言い訳できる。

隕石も底無しコンクリートも、ワニの聖地も全てドナイガ王の為に莫大なお金を使い根回ししていた作戦にすぎない。

あっけなく、夢を奪われ、消えてしまったアッゾウニ一族。

それから6ヶ月後ドナイガ王は、近くで起こった竜巻におもちゃ部屋ごと飛ばされ、あっけなくこの世を去った。

"自業自得"。
この言葉はドナイガ王を基にしたと言い伝えられている。

あれだけ尽くしてきた莫大なお金も、たった1年の物語となり、人はそれを「乱れからくり」事件と呼んだ。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 同族経営の玩具会社の部長から妻の素行調査を頼まれた探偵と助手。2人が夫妻の乗った車を尾行していたところ、なんと隕石が飛来して、夫は命を落としてしまいます。その葬儀も終わらないうち、夫妻の幼い息子が誤って睡眠薬を飲んで死亡。その後もカレンさん版同様、経営一族の身に思いも寄らぬ出来事が起き、一人また一人と命を落としていきます。事件の現場は一族の住む「ねじ屋敷」。からくりを組み込んだ多くの玩具が所蔵された屋敷に秘められた謎、庭に作られた巨大迷路の謎、そして不可解な連続死の謎に探偵たちが挑みます。

 泡坂妻夫(あわさかつまお、1933-2009)は作家であると同時に奇術研究家&奇術師としても知られ、そのたくらみに満ちた作風は後進作家にも大きな影響を与えています。本作はその持ち味を存分に味わえる代表作の一つ。本格ミステリーとしても極上ですが、伝統的な玩具のからくりのうんちくが楽しい一編です。もちろんそのうんちくの中にトリックを解く鍵がちりばめられており、全く油断のならない作品です。