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新川帆立「元彼の遺言状」 強烈なキャラに灯る人間味

 出だしは二段ロケット的な驚愕(きょうがく)。まずは、恋人の提示した婚約指輪の安さに難癖をつけまくるヒロイン麗子の登場に度肝を抜かれる。彼女は高収入・美人の弁護士だった。次が、当初インフルエンザで死んだとされる麗子の元彼・栄治の遺言状の「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という文言。麗子はインフルエンザを感染させた(すなわち間接的に殺人に関与した)おぼえのある栄治の友人の代理人となる。栄治の遺族=製薬会社の創業者一族と交渉開始。しかもクライアントを創業者一族にとって都合の良い遺産継承者=犯人に仕立てることで莫大(ばくだい)な報酬額をせしめようとする。ひねり球、新機軸といっていい設定だ。

 遺産相続ミステリーの常で登場人物は多い。人物の登場とともに物語は驀進(ばくしん)してゆく。殺人も起こる。強烈なヒロインの「キャラ立ち」で引きこむ点ではライトノベルと感触が似る。だがカネだけを求める自身に不安をおぼえる彼女にやがて共感が湧き上がってくる。

 じつは作者・新川帆立は東大法学部を卒業した現役弁護士。即物的な拝金主義者・麗子は作者の分身かと思わせる点に虚実皮膜の妙がある。ミステリーならではの幻惑要素は、弁護士の作者だからこそ駆使できる法律的知識。だが柔らかさにも注意したい。辛辣(しんらつ)な形容で紹介された他の女性キャラそれぞれ(多くは栄治の元カノ)にやがて人間味が灯(とも)り出すのだ。ヒロイン以外に重要な役を担う二人の男性弁護士も印象に残る。

 終盤、伏線回収の乱打に呑(の)まれる。だが恣意(しい)的な語りではない。たとえば法律理論以外の、作品の基礎理論にも二層性があった。最初が、遺言状を裏打ちしていると見られた「ポトラッチ」(競争的贈与)。与えることで奪う。これが真犯人の動機、「コンコルド効果」(損失を取り戻すために損失を重ねる心理)へ移行する。そう、力強い語りには、法律世界以外へ誘う普遍性も潜んでいたのだ。=朝日新聞2021年3月20日掲載

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 宝島社・1540円=4刷20万部。1月刊。第19回「このミステリーがすごい!」大賞受賞。現役弁護士である著者のデビュー作。