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笑いと人情たっぷりの時代小説・金子成人さん「ごんげん長屋つれづれ帖」シリーズ もっと人にやさしくなれる

撮影:中惠美子

 長年、脚本家として、テレビドラマを数多く手がけてきました。NHKの大河ドラマ『義経』をはじめ、向田邦子、池波正太郎、藤沢周平の作品などにたずさわって40年経った頃、ある編集者から「時代小説を書いてみませんか?」と言われたのです。

 時代物は読むほうも好きだったので、二つ返事で引き受けましたが、いざ書きはじめると難しい面もありました。シナリオは状況を細かく説明しなくても、映像で見せることで物語や心の内を描けます。しかし、小説はどのセリフを誰が言っているのか、わかるように書かなきゃいけない。65歳で新人作家としてデビューしてから、少しずつ小説の書き方を覚えていきました。

 一方で、小説ならではの醍醐味もあります。まず予算のことを考えなくていい。必要があれば大火事でも大洪水でも、ドラマでは書けないことが小説では何でも書けます。もうひとつは、配役の組み合わせを気にしなくていい。この役者とこの役者を一緒にしないでくれ、といった面倒なスケジュールの問題もありません。

 ただ、僕はドラマも小説も、配役をイメージしたほうが書きやすいんです。「ごんげん長屋つれづれ帖」シリーズも、主人公は「かみなりお勝」というあだ名で、女手ひとつで3人の子どもを育てる曲がったことが大嫌いな肝っ玉母さん。そこで、年齢は合わないけれど似たタイプのある女優さんをイメージしながら書きはじめました。気が強くてはっきりした女性は、好みのタイプなんですよね(笑)。

ごんげん長屋つれづれ帖 1 かみなりお勝

 お勝は子どもたちと長屋に暮らして、質屋の番頭を務めています。江戸後期の質屋には、人を斬った刀から、炬燵、布団、ふんどしまで質に入れる人がいて、質草から多様な人生模様が浮かび上がってくる。お勝は、レンタル料を貰って物を貸し出す「損料貸し」もやっているので、「今流行りのシェアリングエコノミーみたいなものですね」と言った読者の方もいました。

 長屋の住人たちの職業もさまざまで、みんなその道のプロです。植木屋、左官、鳶をはじめ、雑用係の町小使、酒樽を運ぶ樽ころ、なんていう生業も当時はありました。資料を読むと、オナラの音でお金をもらっていた大道芸人もいたようです。さすがに音は文字で伝えられないので本には書きませんでしたが、みんな知恵を絞って食い扶持を稼いでいたわけです。生き方も働き方も多様な江戸は、まさにダイバーシティの時代だったとも言えます。

ごんげん長屋つれづれ帖 2 ゆく年に

 また江戸時代は、誰に言われなくても人と人が助け合っていました。捨て子があれば育てる人がいて、独居老人がいれば目配りして世話する人がいる。大店の連中が町人たちに炊き出しをすることもあり、苦しんでいる人がいたら手を差し伸べるのが当たり前でした。見て見ぬ振りをするのは「後生が悪い」「寝覚めが悪い」と言うんですね。かといって、ベタベタした付き合いをするわけでもなく、人との距離感はちゃんとわきまえていた。

 ところが今は、人と人との距離が離れすぎて、すぐに対立が起きてしまいます。子どもを育てられなくなったら殺してしまう親がいる。人知れず餓死していく人もいる。コロナ禍で苦しんでいる国民が増えているのに、国は「自助」を求める。でも人間は一人では生きられませんよ。

 時代小説を読んで、共に助け合う人間たちの営みが続いたから自分も命を授かっているのだと気がつけば、もっと人にやさしくなれるんじゃないかなと思います。少なくとも僕はそんな思いを込めて、これからもこのシリーズを書き続けていきたいですね。