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コロナの時代に時代小説は何を描けるか 坂岡真さんが新シリーズ「はぐれ又兵衛例繰控」に込めた思いとは

撮影/中惠美子

 今から200年前、江戸時代後期の文政年間は、町人文化が最盛期を迎えた反面、幕府の財政が破綻に向かったバブルのような時代でした。文庫の書き下ろし新シリーズ「はぐれ又兵衛例繰控」の主人公・平手又兵衛は、その時代に暗躍する悪党を追う38歳の独身男です。役目は、奉行所の中間管理職として刑律や判例を熟知する例繰方与力。人と関わるのが苦手で、鬱陶しいほど神経質、仕事はきっちりこなすものの周囲と人間関係をろくに築こうとしない変わり者ですが、大酒飲みの鍼灸揉み師で幼なじみの長元坊という相棒がいます。この癖の強い長元坊や、又兵衛のところへ転がり込んでくる女性など、人間味あふれる取り巻きたちのおかげで、堅物のつまらない男が少しずつ変化していきます。

 又兵衛は、怒りが収まらないと鳥の鷭(ばん)のように月代(頭髪をそり上げた前頭部)が真っ赤になる癖があります。しかし本物の悪党以外は斬らないと決めている。ならば、「本物の悪党とはどんな悪党か?」と、第一弾『駆込み女』と第二弾『鯖断ち』を書きながら考えつづけました。ひとつはっきりしているのは、政事を私物化する権力者は許せぬ巨悪だということ。巨悪に挑む主人公の苦闘なども描きたいですね。書いていて楽しいのは、旧暦の行事や旬の食べものが出てくる場面。「焼き蛤やどじょう鍋の描写で生唾が出ました」とおっしゃる読者の方もいて嬉しく思いました。

はぐれ又兵衛例繰控(一) 駆込み女

 今年は災厄に見舞われた一年でしたが、時代小説を長く書き続けてきて思うのは「天道、人を殺さず」「世はこともなし」という言葉もあるように、生きていればなんとかなるということです。江戸での暮らしにおいて、他人から受けた親切や結びつきを大切にする「相身互い」という考え方はあたりまえのものでした。今は人間関係が希薄になっているように感じます。ですから時代小説を読んで、人は何を求めて生きているのか? といった本質的な命題に触れて、共感してくださる方が多いのかもしれません。

 この新シリーズは、これまで130冊ほど書き下ろしを刊行してきたなかでの集大成でもあり、今まで以上に人の琴線に触れる話を届けたいという願いを込めました。幕政が腐敗して自助の意識が強くなり、生きることが困難な時代を生きなければならなかった江戸後期と今とでは、似ている点もずいぶん多い。暗い道を歩いているその先に、ぽっと明かりが灯るような、そういう読後感のあるシリーズにしたいです。

はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち

 僕が作家になったきっかけは、11年も勤めていた会社が清算されたこと。無職になり、崖っぷちに立たされ、さあどうするとなったときに選んだ道が小説を書くということでした。20年近くも前の話ですが、そのころは必死で、今にして思えば、まさに生きるか死ぬかという感じでしたね。すぐに芽が出るわけもありませんでしたが、ほかの道を閉ざして、しがみつくように書き続け、なんとか時代小説という鉱脈を掘り当てました。

 人と人とが触れあうことで物語は生まれる。濃密な触れあいを語るのに、時代小説ほど相性のよいものはない。直に触れあうことが容易にできないなか、せめて、本を通してその良さをおもいだし、楽しんでいただければ、ありがたいなと思います。