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「語り継ぐ芸」本でひもとく 情熱の探求、「立体」化するまで 学者芸人・サンキュータツオ

三木のり平=1963年、東京・宝塚劇場の楽屋で

 芸能史は、絵画史や彫刻史などとちがって全体像が摑(つか)めている研究者が少ないのか、人や作品の歴史的位置づけがまだ曖昧(あいまい)な領域である。もちろん扱う作品も生の舞台から映像作品、音声作品まで多岐にわたり、追いかけるのも大変なのだが、だからこそ数少ない探求者の情熱によってとんでもない歴史書が著されることもある。

親の自慢でなく

 小林のり一著、戸田学編の『何はなくとも三木のり平』はまさに探究心と熱量の結晶のような一冊で、喜劇役者三木のり平の誕生から、名をあげた舞台の数々の記録、「雲の上団五郎一座」から明治座でののり平公演、さらに演出家としての一面や、桃屋のCMに至るまでその資料を余すところなく網羅している。

 喜劇役者でもある実子の小林のり一が「ただ親の自慢をしているような形にはしたくない。それよりもいろんな方がのり平について書いたり、しゃべったりしたものも紹介しながらの形の本になればいい」と語っているように、時代別に区切られたのり平の仕事を、当時の作家や演者の文章、対談などから拾い上げ紹介していく。

 このことが同時に、のり平が他ジャンルへ与えた影響を知る仕掛けにもなっている。パンフレットや広告、劇場の客席表まで入っていて図版も贅沢(ぜいたく)、ドキュメント映画を観(み)ているように各章が進んでいき、のり平を辿(たど)ることは、日本の大衆芸能史を辿る旅でもあることを理解する。森繁久彌や八波むと志といった役者たち、演出家、作家、音楽家、いまでも名前を聞く大家たちが肩書抜きで乗り入れた舞台。その流れの幹にいたのはのり平だった。聞き手の戸田学氏が長年芸能史を編んで培ってきたノウハウが、舞台、映画、TV、ラジオと活動の幅の広い演者を立体的に捉えることに成功している。ワクワクするような不思議な読書体験も味わってほしい。

年表整理の価値

 『明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生』は、作家の個人全集の年表のように、まだ何者でもなかった青年が、落語家となり、人気タレントへと成長していく過程を追ったもの。芸人は基本的に自分で自分のことを正直には語らない。が、客観的事実と、周囲の人々の証言、本人の語ったものなど、入手できる限りすべての資料を揃(そろ)えて線的に整理することで、こちらも明石家さんまという人物を立体的にしていく。小学校、中学校、高校までの親族や友人たちの証言、芸人を志して笑福亭松之助の門を叩(たた)き、その後出奔、さらに出戻りを許されるあたりは時系列に資料を読むだけでも面白い。さんまの存在によって当時の上方落語界とお笑い界がクロスするなど演芸史としての資料的価値も高い。国内では荒正人『漱石研究年表』に匹敵する緻密(ちみつ)さと楽しさだ。著者のエムカクは人生の大半をこの明石家さんま研究に捧げている。

 水道橋博士『藝人(げいにん)春秋』、この度文庫化された2と3だが、特に読んでいただきたいのは「3」だ。水道橋博士という人は不思議な人で、ビートたけしと竹中労に心酔し、実際に浅草キッドという漫才師となった一方で、芸能の世界をインサイダーとして取材し続けるルポライターのような存在でもある。最初こそ芸能界最強は誰だという楽しい話題から入っていくが、この本は芸能と切り離せないメディアの問題、そしてメディアをコントロールする存在へと切り込んでいき、次第に現代日本が抱える闇の部分までをも明らかにしていき、笑っている場合ではなくなる。必読。

 芸は熱をもっただれかによって奇跡的に語り継がれる側面がある。そんな本は、語り自体も「芸」となっている。=朝日新聞2021年3月27日掲載