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「クララとお日さま」書評 型落ち「人工親友」の献身と信仰

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月03日
クララとお日さま 著者:カズオ・イシグロ 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152100061
発売⽇: 2021/03/02
サイズ: 20cm/440p

クララとお日さま [著]カズオ・イシグロ

 ノーベル文学賞を受賞し、世界的な作家の仲間入りをしたイシグロの6年ぶりの新作は、高度な人工知能を搭載した人型ロボットが語る近未来SF小説だ。
 ショートヘアで浅黒い肌のクララは、売れ残りの型落ちながら、ずば抜けた洞察力と高い共感力を備えている。買ってくれたのはジョジーという10代前半の少女とその家族。彼女の「人工親友」としての使命をまっとうすべく、クララは献身的に尽くし始める。
 人間の孤独や愛の概念の学習には、ジョジーと幼馴染(おさななじみ)リックとの関係はうってつけの教材だ。だがジョジーは病弱な上、観察するに乗り越えがたい社会的格差が将来を夢見る二人の幸福を阻んでいるらしい……。そこでクララは持てる力のすべてを駆使し、ジョジーの救済に奮闘するのだ。
 イシグロは本作で、どんなに高い知性の持ち主でも、客観的事実を否認し、妄信に陥ってしまう可能性があることを丁寧に描く。太陽光を自身のエネルギー源とするクララは、ジョジーによかれと太陽に願掛けし、突飛(とっぴ)な行動にも出るが、そこに根拠は希薄だ。
 「お日さま、どうぞジョジーに特別な思いやりを」
 またリックは、一種の優生思想により個性を尊重されずにもがいていると、読者は知る。こうした、認知の歪みというテーマは、著者の初期の代表作『日の名残り』に、科学技術革新の栄光とその影とのテーマは、映画化もされた『わたしを離さないで』に通じるだろう。平易であたたかな語り口に終始しながら、物語がつきつける現実は苦みがある。クララがピュアであるだけに、不穏なムードは際立つ。
 苛烈(かれつ)を極める競争原理、閉鎖的なコミュニケーションが特定の信念を強化させるエコーチェンバー現象など、分断を生みがちな現代社会のありようへの警告ともとれる本書。クララの「その後」を読者がどう想像するか。人間とは何かとの問いかけが、読後の脳内に響きわたるだろう。
    ◇
Kazuo Ishiguro 1954年生まれ。89年、『日の名残り』で英ブッカー賞。2017年、ノーベル文学賞。