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新曜社・清水檀さんをつくった『おやすみなさいのほん』 もの言えぬ小さなものたちへ、祈りの絵本

 実家の最寄りの駅の隣にあった本屋の一角に、店主の拘(こだわ)りらしい小さな棚があって、たまに入れ替えられる本を密(ひそ)かに楽しみにしていた。その中で一見して「これはかなり変な絵本だ」と思ったのがこれだ。しかし当時受験生で変に余裕がなく、買わずにいるうちに棚からなくなった。

 後に知るのだが、この絵本は、世界にあるいろいろなもの、動物や植物、様々な機械、そして小さな子供たちなどが、一日を終え、考えることや話すことをやめて等しく休む直前の風景を淡々と描く。ごく短い繰り返しの言葉と、メキシコで壁画を描いていたという画家による奇妙なほどに素朴な色彩とタッチの絵が見せる独自の世界は、起承転結のある物語を表さない。

 編集者になり、とある美術家の作品集を作っていたとき、作品を巡って作家と少し親密な会話をした。話の流れから、私は主にテキスト主体の本の編集をしているけれど、同時に言葉とは別の論理や、ごくわずかな言葉で表されるもの、もの言わぬ/言えぬ存在のことが昔からずっと気になっている、と話したと思う。

 そのあとしばらくして、私に子供が生まれ、彼女からこの本をいただいた。思わず「ちょっと読み聞かせには向かなそうな絵本ですね」と言うと、「これはもの言えぬ小さなものたちへの祈りの本。あなたへのプレゼントだよ」。そして初めてきちんと読んだのだ。

 言葉と言葉以前/以降のものが、今の自分を作っているのだと、本屋と作家から長い時間をかけて教えてもらったのだと思う。=朝日新聞2021年4月21日掲載

◇しみず・まゆみ 67年生まれ。新曜社で「よりみちパン!セ」などを編集。