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万華鏡のような作家ヴァージニア・ウルフの魅力とは ファンブックを出版した小澤みゆきさんインタビュー

文:篠原諄也、写真:北原千恵美

ウルフは万華鏡のような存在

――ウルフはイギリスで20世紀前半に活動した小説家で、モダニズム文学の旗手として知られています。その魅力はどこにあると考えていますか?

 ウルフはひとつのイメージに縛られない、様々な側面がある作家です。一般的にはフェミニストの先駆者として、またレズビアン作家として知られています。何を言っているかわからない難解な文体を使うこともあれば、チャーミングで茶目っけがある文章もある。人それぞれの捉え方があって、そのとき置かれている状況や立場によって、解釈が変わってくる。そういう意味では、万華鏡みたいだと思っています。

――「かわいいウルフ」を作ったきっかけを教えてください。

 ウルフは一読者としてずっと好きで読んでいました。大学で文学を専攻していたわけではないのですが、全部の作品を読んでいたし何度も読み返していました。自分でも執着している感じがあるなと思っていました。

 同人誌を作ろうと思ったのは、身近な友人に文学好きがいなくて、誰もウルフを知らなかったからです。だから、身近な人に企画といってウルフを読んでもらい感想をもらえば、布教になるんじゃないかなと思って(笑)。

 書き手は作家からITエンジニアまで様々ですが、文章が面白いと思った人に打診をしました。ウルフというボールを投げると、どんなものが返ってくるかを知りたかったです。

――小澤さんの友人の方のウルフを読んでの評論などが収録されていますね。その他にも、ウルフ探求者として英文学研究者の小川公代さんや小説家の西崎憲さんのインタビュー、『灯台へ』作中の料理をつくってみた企画など、かなり多様なアプローチをされていました。

 最初は個人的な動機でしたが、同人誌を作るからには、ウルフが好きな人たちにも届けなきゃと思いました。この機会に外国文学が好きな人と知り合いたいと思ったんです。

 ひとりで作っているうちにどんどんアイデアが膨らんでいって、大掛かりな同人誌になりました。作中の料理を作ってみようと思ったり。ウルフを紹介する本ならば、ウルフの文章が載っているべきではないかと思って、翻訳を載せました。翻訳者の方に何を考えたかを聞くのもいいんじゃないか・・・・・・など。

――小澤さんはウルフのシリアスさとユーモアのあいだを行き来する作風を「かわいい」と表現していますね。

 長年読んでいて、「かわいいなあ」とある日思いました。私の中で「かわいい」の定義は広くて、「萌え」くらいの射程を持っているんです。シリアスで難解なところは、もちろん一般的なイメージとしてある。その一方で、ちょっとクスっと笑ってしまうような、ユーモアの側面もある。いろんな顔を持っていることを、かわいいという言葉に集約してみました。

 あと人に紹介する時に「この作家は難しいんです」と言っても、誰も読んでくれないので(笑)。なるべくカジュアルに、読者がとっつきやすい表現にしました。表紙を見た時に「かわいい? え?」と気になるようなタイトルにしました。

 ただ、私はかわいい側面を押し出しましたが「いや、自分はこう思う」という意見が出たら面白いんじゃないかなと思いました。片山亜紀さん(本書寄稿者でウルフ『自分ひとりの部屋』などの翻訳者)が、ツイッターでウルフは「ダイナミックで破壊的」な側面もあると書かれていて、確かにそうだなと思いました。人それぞれのいろいろなウルフ像について語り合うのは楽しいよね、というコンセプトですね。

誰にも真似できない『オーランドー』

――小澤さんが一番思い入れのある作品は何でしょう?

 『オーランドー』です。貴族の男性が女性になって、何百年も生きる話です。発想が自由かつ唯一無二で、誰にも真似できないと思います。「何かになりたい」という思いがほとばしっているところがかわいいなと思います。

 すごく楽しんで書いている感じがするんです。小説全体にポジティブなものを求める力が漲っていて、読むと元気になれるんです。

 オーランドーが今この瞬間に生きていたらどうだろう、と想像も膨らみます。『かわいいウルフ』の4章の「オーランドー・アラカルト」では、映画や演劇などの派生作品を取り上げました。

 ウルフは自分と同時代まで生きた人としてオーランドーを描きました。なので翻案した映画や演劇などの中では、その時その時の現代まで生きていることになります。映画版は90年代のシーンで終わるし、川久保玲さんが衣装を手がけたオペラは未来まで生きている。

 逆に言えば、ジェンダーが変わって数百年生きるという二大骨子があれば何でもできる。型がありつつ、時代とともに解釈が変わっていくという意味では、ちょっと歌舞伎のような伝統芸能みたいと思っています。生き物のような、作品としての強度や深みも魅力かなと思います。

――上智大教授の小川さんが学生たちと作った演劇では、日本を舞台にしているそうですね。

 小川先生は日本を舞台に、江戸時代から現代までを生きたらどうなるかを脚本にされています。かなり細部は変わっていますが、エッセンスは残っていて、総体としては『オーランドー』になっています。

 小川先生なりの解釈が入っていて、とても好きな作品です。女性が「自分ひとりの部屋」を持ち、書いて生きていくとはどういうことか。フェミニズム的な要素がたくさん入っています。特に印象的だったのは、『金色夜叉』の尾崎紅葉が出てくるシーンです。あえて人格を脚色したとはおっしゃっていましたが、日本の明治期の女性差別をドラマ化するために、そういうキャラクターにしている。尾崎紅葉の発言を受けて、オーランドーに訪れる変化がポイントになっている。日本を舞台にすると、こういう風になるんだなと思いました。

もしウルフと話せるとしたら

――変な質問ですけど、もしウルフと話せるとしたら、どういうことを話したいですか?

 まず正直に言って、ウルフは自分のファンブックを作るような人はあまり好きじゃないと勝手に思っています(笑)。なので会ったらすごく恐縮してしまう気がします。でも話してみたい気はすごくします。意外とジョークとか面白いことを言う人だと思っています。食べ物の話など、雑談したらきっと楽しいだろうなと。

 オーランドーじゃないですけど、もし今の世界にウルフが生きていていたら、どういうアクティビストになっているか気になります。めっちゃツイッターとかやっているかもしれない。意見をしっかり言う人だと思うので、夜中にツイート連投していたりして(笑)。

――書籍化された今、小澤さんはウルフのどういった側面に関心がありますか?

 「かわいい」はすごくおもしろい解釈だったと思っているのですが、今は改めてフェミニストとしてのウルフに興味があります。

 現代日本の状況にも重なるようなことが書いてある。今の日本の私たちにもストレートに響きます。それはイ・ミンギョンさんのエッセイ(「『自分ひとりの部屋』が愛される理由」すんみさん訳)を読んで感じたことでした。本当に普遍性がある作品だと思います。

――この2年間で見方が変化してきたのですね。

 自分の中でフェミニズム的な視座がインストールされると、作中の女性の視点や女性に対する扱いが気になってきます。それは北村紗衣さんの『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』を読んで感じたことでした。作品がまったく違う色で見えてくるんです。

 今は早川書房から6月に出る『波〔新訳版〕』に外部編集として携わっています。翻訳者で詩人の森山恵さんと作っています。『波』は3人の女性と3人の男性が出てきて、その人たちの独白と、海辺の描写が交互に出てくる作品です。

 今までフェミニズム的な読みをしたことはなかったのですが、改めて読むと、女性たちが三者三様の生き方をしている。主婦になる人もいれば、娼婦になる人もいるし、心を病んでしまう人もいる。当時のイギリスを生きた女性たちを描いた作品でした。

 これまで、フェミニズム的な視点は小説よりもエッセイに出ていると思っていました。ですがこれからは『灯台へ』や『ダロウェイ夫人』などの小説作品も、そうした視点から読み返したいと思っています。