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「養生の思想」書評 自己形成の実践 極めず自然に

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月15日
養生の思想 著者:西平 直 出版社:春秋社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784393313060
発売⽇: 2021/04/20
サイズ: 20cm/213p

「養生の思想」 [著]西平直

 私、旅の伴侶には、いつも貝原益軒『養生訓』なんです。そんな愛読書の益軒さんを原点とした養生思想の多様性に触れながら、養生は単なる思想ではないと本書は語ります。
 養生は欲を抑えるけれど、禁欲ではない。節欲を説きながら楽を説く。益軒さんも「内欲」を慎むが、欲は否定していません。むしろ欲を肯定して、欲と楽を結びつける。「正しい道」と「健康」と「長生き」の三つの楽によって人生を楽しまないのは「天地の理にそむく」とおっしゃる。
 古代中国に始まる養生は「気のコスモロジー」を背景に持ち、「稽古」「修養」「修行」と並ぶ「自己形成の諸実践」の一形態という。そこに、もひとつ「楽」が加われば芸術の形態でもありますが、決して「極める」修行ではないと。この入り組み具合はまるでマルセル・デュシャンです。デュシャン自身も興味を持つ老荘思想『荘子(そうじ)』は養生思想の古典で、仕事・食事・欲などすべてにおいて「少なく」を意識して精力を蓄え、過度の身体実践などせず、自然にしていれば長生きするという。
 「何物にも抵抗せず」「流れのまま」運命に従えばなるようになると諭しているようにも聞こえます。喜怒哀楽は芸術表現の核のように思われているけれど、荘子はこのような感情には流されない。荘子の養生ではないが、芸術も感情表現が自我中心に結びつくと、逆に芸術の普遍性から遠のく。
 今、注目されているのは帯津良一先生の「ホリスティック医学」だそうだ。西洋医学の代替医療、つまり自然治癒力で、生命をあらゆる面から全体的に捉える考え方で、死後の世界まで対象として医学を考えようとする。
 芸術も、何を描くか、如何(いか)に描くか、ではなくどう生きるかであると考える私は、そこに医学と芸術が共有する思想があるように思えるのですが。
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にしひら・ただし 1957年生まれ。京都大教授(教育人間学、死生学、哲学)。著書に『修養の思想』など。