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minchiさんの絵本『いっさいはん』 1歳半の子の「あるある」行動図鑑

文:日下淳子

実際にあったことを図鑑形式に

――1歳半ぐらいの年齢の子どもは、食べるときも、寝るときも、泣くときも全力で、思わぬ行動に親は振り回されてばかり。でもその無邪気な行動がかわいくて仕方がない。そんな1歳半の様子を描いた絵本が、その名も『いっさいはん』(岩崎書店)だ。作者のminchiさんは、部屋中を散らかされても、頭突きをされても、メガネを壊されても、やっぱり許してしまう我が子のことを愛をもって描いている。

 きっかけは、子どもが1歳半のときに、育児ブログで「1歳半ぐらいの子どもの行動」の絵を描いたのが始まりなんです。自分と同じ境遇の人と繋がりたいと思って、作家活動とは別のペンネームで投稿しました。それは長くは継続しなかったんですが、何年かしてから、ふと思い出して、作家名でやっているツイッターにのせたら、何万もリツイートされたんですね。そこから岩崎書店の編集者さんに声をかけてもらって、絵本になりました。

 でも絵本なんて描いたことがなくて、最初は子どもの行動の羅列じゃなく、何かストーリー性を持たせないといけないと思っていたんです。でも、どうしてもしっくりこなくて。編集者さんともいろいろ話し合って、図鑑形式にしたらおもしろいんじゃないかということに落ち着きました。その頃、自分の娘はもう小学校1年生になっていましたが、写真や動画などを見ながらそのときのことを思い出して、描き足していきました。

『いっさいはん』(岩崎書店)より

 私が気に入っているのは、開け口が切れて捨てようと思っていたフリーザーバッグを、子どもが拾ってハンドバッグのようにひじにかけている場面です。まるでモデルみたいなポーズで立っていて、大人のことを見ているんだなあと思いました。でもこれをバッグにしちゃうなんて、子どもならではの発想ですよね。

 あとは、寝ているときに、かかとで顔面を蹴られたところでしょうか。これはめちゃくちゃ痛かったんですよ。なぜか顔にピンポイントでかかとを落としてくる。見えているのかと思いました(笑)。ズボンの片裾だけがいつの間にか上がっているのも不思議でしたが、みなさん「あるある」と言ってくれて、どこの家でもそうなんだとおかしくなりました。

 どれも実際にあったことばかりで、娘がモデルになっています。絵本の中の子が持っている人形(むしばちゃん)も娘が好きだったもので、小さい頃に私が作りました。『いっさいはん』の後に描いた絵本『にゅうしちゃん』にも出てくるんです。娘は工作も好きで、不用品を集めていたことから『ごみじゃない!』という絵本もできました。これが海外で翻訳されるまでになり、外国でもこの感覚は通じるんだと嬉しく思いました。

『いっさいはん』(岩崎書店)より

子どもが笑える部分だけを

――絵本の中で繰り広げられる1歳半の子の行動は、子どもを持つ親にとってはどれも共感できるもの。育児中の人も、育児が終わった人も、見ると懐かしい気持ちや、励まされたような気持ちになる。

 絵本を読んだ方から「うちの子もこんなでした」とか「孫がいるから、子どもに渡してあげたい」という感想をよく聞きます。大人の感想が多くて、子ども向けじゃないと思われる方も多いようです。意外でしたね。

 私は「絵本は子どもが見るもの」だと思って描いていました。1歳半の子に読み聞かせをするにはちょっと難しい内容ですが、私はむしろ、そのちょっと上の子どもに楽しんでほしいと思っています。絵本ができた当時、小1だった娘は赤ちゃんが好きでしたし、自分ではもうしないような行動を見ては「赤ちゃんってこんなことして、おもしろいね」なんて、笑って喜んでくれました。「自分も昔はこんなんやった?」という話を親子でして、それを肯定的にとらえて楽しんでくれます。

 だから、この本はあえて、育児中の大人の愚痴っぽい部分は入れていないんです。オムツ替えが「しんどい」、散らかして「イライラする」といったネガティブな部分は入れず、子どもが純粋に笑える部分だけを集めました。

――楽しめることを大切に絵本を描いてきたminchiさん。絵本を出す前から、歯や動植物、裸婦などをテーマにした独特な世界観のイラストレーションを描いている。絵本とのギャップはなかったのだろうか。

 普段自分が描いているイラストは、自分の内側から出てくる影の部分を吐き出すようなイメージで作っています。チャットモンチーのバンドスコアの表紙に採用していただいたこともありました。でも子ども向けの絵本は、みんなが楽しんで笑ってくれるようなものを作りたいと思っているので、作るスタンスは全然違いますね。

個展に出展したminchiさんのイラストレーション

 私の娘は感受性が強くて、災害のニュースを見ただけでも、自分のことのように泣いてしまう子でした。だから、絵本を見ている間は嫌なことを忘れたり、楽しい気持ちになれるものを作りたいと思ったんです。たとえば、虫歯について描いてある本も、恐ろしい虫歯菌で子どもを怖がらせるものが多いでしょう? 娘はそういう本が苦手でした。それで、私が『にゅうしちゃん』を描いたときは、虫歯菌が怖いから歯を磨くのではなく、乳歯がかわいいから守ってあげるという内容にしたんです。

『にゅうしちゃん』(岩崎書店)より

 『いっさいはん』が世に出てから、同じようなものを描いてほしいと依頼されることはあるのですが、絵本は毎回違ったものを出していけたらいいなとは思います。いつか、普段自分が描いているような内面的な絵もミックスして、何か絵本の形にできたらおもしろいなとも思っています。