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「スピルオーバー」書評 種を超えた伝播 追求する執念

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月22日
スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか 著者:デビッド・クアメン 出版社:明石書店 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784750351544
発売⽇: 2021/03/29
サイズ: 21cm/510p

「スピルオーバー」 [著]デビッド・クアメン

 9年前に米国で出版されベストセラーとなり、新型コロナの流行後に再び注目を集める1冊である。
 新型コロナは発症前や無症状の人からもウイルスが広がる――今でこそ当たり前に受け入れられるようになったが、専門家には衝撃の事実だったはずだ。なぜなら、2003年に流行した同じコロナウイルスによるSARS(重症急性呼吸器症候群)は、こうした性質を持ち合わせていなかったからだ。日本の対策も当初、そこに引きずられた感があり、いまだ効果的な戦略を見いだせていない。
 ジャーナリストの著者は、SARSが世界で8千人の感染者を出しつつも、封じ込められた理由はそこにあると指摘し、「次なる大惨事」の条件を考察している。本書が「予言の書」と言われるゆえんだ。
 病原体がもともと生息している生物の「宿主」から、種を超えて伝播(でんぱ)することが「スピルオーバー」であり、その瞬間を追い求める科学者の執念を描く。例えば、1980年代に米国で確認されたエイズのウイルスは、カメルーン南東部で20世紀初頭に起きた1匹のチンパンジーと1人の人間の接触にたどりつく。
 エボラの起源を求めてアフリカ・ガボンの森林キャンプを訪れ、中国奥地の洞窟で研究者と一緒にSARSウイルスの宿主であるコウモリを捕まえる。その圧巻の行動力と丁寧なインタビューに裏打ちされた場面描写も本書の魅力だろう。推測や想像に基づく表現や物語はそれとわかり、科学的に忠実であろうとする姿勢にも好感を持った。
 新型コロナの宿主がコウモリであることはほぼ間違いない。だが、いつどこでスピルオーバーが起きたのかはわからない。中国の影響力がつきまとうWHO(世界保健機関)の調査に期待するのも難しそうで、このままではうやむやになりかねない。いま新型コロナをテーマとした作品に取り組んでいるという著者の次作が早くも待たれる。
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David Quammen 作家・ジャーナリスト。ジャングル、山、離島などを幅広く取材。著書に『エボラの正体』など。