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ウィトゲンシュタインの全貌と「急所」 哲学者・古田徹也さん、初学者向け解説本

哲学者の古田徹也さん=山本和生撮影

 哲学者で東京大学准教授の古田徹也さんの著書『はじめてのウィトゲンシュタイン』(NHKブックス)が好調だ。昨年12月の発売から3刷を重ね、累計1万部にじわりと迫っている。

 古田さんは『言葉の魂の哲学』で2019年のサントリー学芸賞に選ばれた気鋭の書き手だ。『はじめてのウィトゲンシュタイン』は難解な哲学の全貌(ぜんぼう)と「急所」をともに伝えようとする初学者向けの意欲作で、担当編集者は「ロングセラー、新たな定番書を目指したい」という。

 ウィーン出身で、後半生を英国で過ごした哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889~1951)は、論理や言語を対象にした難解な哲学で知られる。英米で盛んな分析哲学の出発点となっただけでなく、情報工学や人工知能研究への影響も指摘されている。

 その思索の前期にあたる著作『論理哲学論考』は、「20世紀哲学の記念碑」ともいわれる。なぜ世界は存在するのか。人の生きる意味とは――。前期ウィトゲンシュタインは、そうした哲学的な問いに対する答えは有意味な言葉になりえないとする。

 ウィトゲンシュタインはのちに英国のケンブリッジで、後期の集大成にあたる『哲学探究』の執筆に取り組んだ。なぜ過去の自らの議論を根底から問い直し、立場を大きく転回させたのかが長年議論の的となってきた。

 古田さんは、後期ウィトゲンシュタインの思索の核心を「像(Bild)」というキーワードを通して読み解く。

 人は例えば「人間の行動は自然法則に支配されている」といった記号列から、何かしら意味のある内容を示唆する「像」を抱くだけで満足してしまいがちだ。広告の宣伝文句。メディアに広がる決まり文句――。人はしばしば意味ありげな「像」に惑わされ、何かを受け取った気になっているのだという。

 言葉は私たちの生活の流れと密接不可分で、個別具体的な状況や文脈のなかで特定の意味をもつ。そうした言葉のもつ多様な側面を吟味し続けることで、自らの物の見方の固定化や思考の硬直化から脱し、自分の見方や態度を変える「勇気」が求められている――。古田さんは後期ウィトゲンシュタインの核心をこう読み解く。

 コロナ禍に限らず、先行きが見えないこの世界の現実に直面する私たちは、当たり前と思い込んできた事柄の前で何度も立ち止まり見つめ直すことを求められている。「ウィトゲンシュタイン人気は一過性のブームではなく、現代の哲学的議論のベースだからこそ需要があるのだと思う。その一端に触れることが読者自身の思考をつむぐきっかけになれば」。古田さんはそうした願いを込めている。(大内悟史)=朝日新聞2021年6月2日掲載