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光文社・三宅貴久さんをつくった宮崎駿「風の谷のナウシカ」 争いがなくならない世界で

 中学1年は『風の谷のナウシカ』の年だった。「アニメージュ」の連載を追い、単行本を繰り返し読んだ。攻撃で爆発したトルメキアの輸送機から、人がポロポロ落ちる。避けきれずにぶつかる風の谷のガンシップ。四散する肉体――。目を覆うシーンもあるが、世界観に引き込まれた。ナウシカの強さ、賢さに憧れた。

 映画初日の1984年3月11日、期待に胸を膨らませ朝から渋谷の東急文化会館に並んだ。満席で通路も人で溢(あふ)れた。上映が終わると自然に拍手が起きた。漫画は静だが、映画は動。スピード感や動きの間が抜群で、「腐海」は美しかった。

 当時は冷戦下、腐海の脅威が身近にありつつ、大国の動向を意識せざるを得ない風の谷にはリアリティーがあった。その後ベルリンの壁が崩壊し、世界は平和に向かうと思ったが、そうはならなかった。宗教や民族の争いが頻発し、差別や貧困は今もなくならない。

 最終巻でナウシカは言う。「苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない それは人間の一部だから」。連載終了は94年。「生きねば……」という言葉で幕を閉じる。

 映画化の過程で、私が好きな逸話は、当時アニメージュ編集部にいた鈴木敏夫氏が、単行本が5万部しか売れていないのに「50万部」と言って企画を通したことだ。編集者たるもの、かくありたい。昨年、1700万部を突破した。

 実は、担当した『バッタを倒しにアフリカへ』のカバー裏に、ナウシカへのちょっとしたオマージュを捧げているのでよかったら。=朝日新聞2021年6月16日掲載

 ◇みやけ・たかひさ 70年生まれ。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などを編集。