- でえれえ、やっちもねえ
- 恐怖 アーサー・マッケン傑作選
- 平井呈一 生涯とその作品
まずは、故郷・岡山への愛に満ちた新刊から――。
岩井志麻子の『でえれえ、やっちもねえ』は、帯に大きく〈待ち望まれた正統後継作〉と謳(うた)われた、書き下ろし短篇(たんぺん)集。後継? 何の!? 云(い)わずと知れた伝説のデビュー作『ぼっけえ、きょうてえ』である。怪談の復権を鮮やかに印象づけた同作で、シマコ姐(ねえ)さんが第六回日本ホラー小説大賞を受賞したのが一九九九年――早いもので今から二十二年も前のことだ。今回の表題作は、やはり岡山弁で〈物凄(ものすご)く、怖い。とてつもなく、困る〉を意味する言葉だが、今回は具体的な恐怖と困惑の対象物がある。コロナならぬ〈虎狼痢(コロリ)(コレラの別称)〉だ。コレラが大流行する明治岡山の寒村の悲惨。日清戦役に出征した許嫁(いいなずけ)の留守をあずかる少女は、許嫁そっくりの姿をした神使と交わって、人とも獣ともつかぬモノを産み落とす……予言する幻獣クダン(作中にもチラリと登場する内田百鬼園先生このかたの岡山名物!)の正体とは? ほかに神隠しやハレー彗星(すいせい)などを題材に、岡山特有のトピックスが山盛りされた大力作である。
続いては、亡き師匠とマッケンへの愛に満ちた新刊を二点!
『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』は、一昨年刊行の『幽霊島』に続き、マッケンという作家の魔力に魅了されて泰西怪奇小説翻訳の第一人者となった平井呈一の名人芸を、今に伝える至福の一巻。今回はマッケン独りに的を絞り、「パンの大神」から「恐怖」まで、短篇の代表作を集大成している。翻訳の後継者・南條竹則の解説付き。物凄く久しぶりに再読したが、故郷の風光を懐かしく描写するくだりなど、思わず胸締めつけられるものがある。
そしてもう一冊は、紀田順一郎監修、荒俣宏編纂(へんさん)による大冊『平井呈一 生涯とその作品』。平井の弟子を公言する戦後怪奇幻想文学の両先達の手で、奇蹟(きせき)的に形となった年譜を前半に据え、後半には「鍵」「顔のない男」「奇妙な墜死」の未発表短篇三作品(いずれも戦後まもない時期に書かれたとは信じられない本格怪奇小説にして昭和世代の青春小説だ!)をはじめ、本邦初公開となる未発表エッセイ多数が収録されている。
たっぷりと収められた珍しいグラビア写真に眺め入り、これまで何故か不当に埋没させられてきた(永井荷風の呪い!?)大先達の偉業に対する、一読火の出るがごとき監修者による序文に感銘を受けつつ読み進めれば、気分は早くも「嗚呼(ああ)、平亭(平井の雅号)」! 個人的には、後半生を共にした吉田ふみさんの事績に関する新発見のくだりに、大いなる感慨を覚えた。=朝日新聞2021年6月23日掲載