八畳間のワンルーム。こたつの上に置かれたガスコンロ。家主が具材を土鍋に放り込んで支度している一方、友人たちは缶チューハイの封を開けている。そのうちの一人がTSUTAYAのロゴの入った青色のレンタルバッグを開ける。プラスチックケースに収まった、数枚のDVD。それらを見比べながら、友人が言う。
「今日は何見んの?」
大学生時代の、ありふれた日常の風景だ。
今思うと、自分が映画を見るのが好きな理由はあの頃の空気を思い出すからかもしれない。大学生だった頃はよく、独り暮らししている友人の家に数人で集まり、映画の鑑賞会を行っていた。今でこそストリーミングサービスなんて便利なものがあるが、当時はレンタルショップでDVDを借りていた。
「きっと、うまくいく」はその中でも私が特に気に入った映画だ。
そもそも何故この映画を見ようと思ったか。その理由は、インド映画だったから、の一言に尽きる。大学四年生の春の頃、私の中ではインド映画ブームが巻き起こっていた。ダンスってテンション上がるじゃん! と思っていた理由は多分、就活について考えるのが嫌だったからだと思う。インド映画には鬱屈した気分を吹き飛ばすパワーがあるのだ。
「きっと、うまくいく」はインドの超難関理系大学ICEを舞台にした物語だ。卒業して順当に進めばエリート確定、そんなエンジニアを目指す若き天才たちの学生生活と、その十年後を交互に描いた物語だ。型破りの発想で皆を驚かす天才ランチョ―、動物大好きファルハーン、とにかく神頼みしちゃう苦学生ラジューの三人が、学園を巻き込んだ珍騒動を引き起こす。
あらすじだけ聞くと単なる学園コメディーに思えるが、合間に描かれる十年後の世界ではランチョ―が行方不明になっている。天才ランチョ―は一体どこへ消えたのか。二人が彼の痕跡を追い求めていくうちに、学生時代には誰も知らなかった彼の秘密が少しずつ解き明かされていく――。
真面目な感想を書くと、この映画の根底にあるテーマは教育問題だ。学歴競争に追われ、生きる理由が分からなくなり、「正しい」生き方と自分らしさの狭間で葛藤する。進路や将来に悩んだことのある人間ならば必ず共感する部分があるだろう。
だが、この映画の本当の凄いところは、そうした重苦しい悩みを吹き飛ばす清々しさなのだ。タイトルである『きっと、うまくいく』。これはメインテーマ曲の題でもある。英語では「All Is Well」。金が無くても、未来が分からなくても、人生が手に負えなくなったらとりあえず「きっとうまくいく」と唱えてみよう……というような内容の歌詞だ。
歌に倣って、私も不安になった時には「all is well」と唱えるようにしている。根拠のない不安も根拠のない楽観も、根拠がないことはどちらも同じなのに、不安の方が説得力があるように思えてしまうのは何故なんだろう。
映画に登場する人物たちは葛藤の中で生きている。それでも皆、今を楽しもうとしている。人生には悲嘆に暮れる時間が必要な時もあるけれど、将来起こるかもしれない不安に目を向けるのは、実際に起こってからでも遅くないのかもしれない。
大丈夫。明日も、明後日も、きっとうまくいく。そんな根拠のない肯定の言葉に、密かに支えられている。