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フルポン村上の俳句修行 ファンタスティックな句会に夜は更けて

 日がとっぷり暮れると、無数の灯りがまぶしくきらめく――。そんな大人の街、東京・銀座にまた一つ、「銀座ファンタスティッ句会」の灯がともったのは、2015年4月のこと。銀座にある化粧品メーカー・資生堂のボディケアブランドが14年に俳句甲子園に協賛したことがきっかけでした。

 「参加する高校生たちと同じホテルに泊まっていたんですが、エレベーターの中で『ドキドキするわ』『昨日何も食べられませんでした』って言ってたんですよ。でもいざ俳句甲子園が始まったら、あれだけの論戦をするじゃないですか。初めて見て、感銘を受けました」と話すのは資生堂の矢嶌俊久(俳号:俊缶)さん。「すごいですね」と同ブランドの広告を手がけていた同僚の小助川雅人(俳号:駒介)さんに声をかけると、「じゃあ俳句をやってみませんか」と小助川さんが応えます。

(写真左から)矢嶌俊久さん、小助川雅人さん、小田華子さん

 「僕は40歳を過ぎたくらいに星野高士先生の句会に参加させてもらっていて、俳句もおもしろいけど、句会がすばらしいと思ったんですね。先生もフラットな立場で、句が選ばれないこともありますし、なんて公平というか、こんなにおもしろい“ゲーム”があるのかと感動して、いろんな人に句会に参加してほしいなと」。そこから俳人の吉田林檎さんの協力を得て、翌年の春には「銀座ファンタスティッ句会」を立ち上げます。「俳句を楽しんでほしいなと思っているだけなので、(文法などの)細かいことも言いませんし、初心者ウェルカム。敷居を低くしようと、名前も若干ふざけた感じにしています(笑)」

 同社のデザイナー・小田華子(俳号:華花)さんは、初回から参加している一人。「小助川さんが広く声をかけてくださって、おもしろそうだなと思って同僚たちと参加しました。私はふだんは字じゃなくて絵で表現するデザイナーなので、簡単な言葉だけでこんなに世界が豊かに表せる俳句はすばらしいなと思って。今も毎回感動しています」

お題は「夕顔」と「水飯」

 7月12日、オンラインで開かれた句会に村上さんが参加しました。題は「夕顔」「水飯」で、いずれかを使った5句を当日の午後7時までに投句し、8時半までに特選1句を含む5句を選句、それからZoomで参加者をつないで、講評を始めます。投句は17人、句会に集まったのは村上さんを含めて14人でした。

 当日は村上さんが参加することをシークレットにする粋な計らいがあったのですが、筆者が村上さんが来る前に取材であることを伝える際、ナチュラルにバラしてしまうという失態がありました(本当にすいませんでした)。それでもみなさま、あたたかい拍手で村上さんを迎え、各自用意した飲み物を片手に、乾杯からスタートします。立ち上げの当初は初心者が多かった句会ですが、みな句歴を重ね、吉田さんの俳句仲間の参加も増えたことで今や実力者ぞろいという顔ぶれに。その中でこの日、最高点の7点を獲得したのは小山良枝さんの「夕顔や人に会はざる髪を梳き」でした。

小田華花:調べたら、「夕顔」って貧しい家に咲く花として詩歌に詠まれてきた、ってあったんです。貧乏長屋の奥さんがすごく身ぎれいにこざっぱりして、シュッとしてるみたいな光景が浮かびました。

上野犀行:季語を効かせることで、まるで昔のよくできたポルノ映画のワンシーンのような感じがしますね。女性が男と会う前に髪をといているところに、監督であれば小道具に夕顔を持ってくるんじゃないかと思います。これから夜が更けていくときにさびしい女性と、庶民的な生活と、艶っぽいところも出て、1本の映画を観たような句だと思って特選にいただきました。

村上:僕の場合は「きれいでいたい」ってことと、それは人に見せるためではなく「人に会わないからこそ思い切ってチャレンジングな髪形とかできる」みたいな両面があって。そのどっちもが想像できて、それと夕顔が合ってるなと思いました。

 続く5点句は、吉田林檎さんの「夕顔やひとつだけ鍵開けておく」。「これは『源氏物語』です。でも通い婚のイメージというより、現代的な忍び会いですね。近所の目を忍んで、表からは入らない感じです。夕顔(という季語)は源氏物語を引きずっちゃいますよね。健康的ではない恋愛みたいな」と作句の意図を説明すると、「朝顔」「夕顔」「昼顔」それぞれの季語をどう詠み分ければいいのか、という話題になりました。

矢嶌:やっぱり「夕顔」が一番ディープなイメージなんですかね。

かりん:咲く時間帯じゃないの?

吉田林檎:夕顔は夕方に咲いて翌朝にはしおれちゃうから、そのはかなさですよね。あと昼顔って「ひるがほに電流かよひゐはせぬか(三橋鷹女)」って、ちょっとたくましい感じがしませんか? ぐるぐるしてる感じとか、どこにでも咲いてるとか。

前北かおる:花は全然違いますよね。夕顔はウリの仲間だし、ひょうたんができるので。リアルで目にする機会が少ないので、余計に(源氏物語のような)知識に引っ張られやすいと思います。

森羽久衣:東京では夕顔を見ないですもんね。すごく広い畑みたいなところに咲くんですよね。

村上:夕顔の実って、かんぴょうですもんね。

笠原小百合:私の地元、(栃木県)壬生町っていうんですけど、かんぴょう発祥の地といわれていて。

吉田哲二:夕顔は源氏物語の繊細な感じがあって、小さくてすぐ枯れてしまうイメージだったので、小百合さんの「夕顔の咲き県道の灯の遠し」の句は季語の本意を外してると思ったんですけど、見たまま、実体のままだったんですね。

ファシリテーターを務めた俳人の吉田林檎さん。2015年、小助川さんとともに星野立子新人賞を受賞しています

 もう一つのお題の「水飯(洗い飯)」は、暑い日に炊いたご飯を冷水に浸して食べるものですが、こちらもまた現代にはなじみのない季語で、貧乏くさいものなのか清らかなものなのか、そもそもいつ食べるものなのか、人によって理解が分かれました。そんな中で小助川駒介さんの「水少し甘くなりたる洗ひ飯」(4点)、そして村上さんの「水飯のこぼれし水で星を描く」(3点)が点を集めました。村上さんの句は3人の選のうち、2人が特選でした。

森:この(発想の)飛び具合がすごく好きな感じで。勢いよく水飯を食べて、そのしぶきがテーブルに飛び散って、その水で一筆書きの星を描くっていう。ちょっと意味不明なんだけれど、自分が星とつながってる感じがいいなと素直に思いました。水飯ってちょっと貧乏くさい句が多いんだけども、これは異質でいいなと思いました。

笠原:一読してロマンチックな句だなと思いました。あざとかわいいっていうか(笑)。「水飯」って現実味を帯びている季語だと思っているんですが、ちょっと外して詠むのがうまいなと思いました。

村上:僕が生きてきた毎日の中では、水滴があったら星を描いちゃうんです。でもその水滴がハイボールだったらおもしろくないじゃないですか。水飯ってお題があって、楽しようとしてるのか体調が悪いのかグルメなのか分からない、そういう何とも言えないもののこぼれた水で星を描く、っていうのが物語としていいなと思って。星って俳句にするとかっこよすぎるじゃないですか。でも水飯と合わせたらそこまでナルシストみたいにならないですよね。

 「水飯」はほかに、以下の句がありました。「今回は題がよかったですね。夕顔も水飯もみなさんの中でイメージが定まっていないから、できあがったものもバリエーションがありました」と吉田林檎さんが今回の句会をまとめました。

親不知抜きたる跡に水飯が(吉田哲二)
今日死ぬといふ犬にやる洗い飯(矢嶌俊缶)
なんとなく食へるだろうと飯洗ふ(上野犀行)
起こさぬやう水飯で発つをとこかな(井上青井)
胃薬はみづうみの色洗ひ飯(森羽久衣)
水飯の粒つやつやと笊のうへ(前北かおる)
水飯やひと手間かけて楽しんで(林奈津子)
水飯の為の氷を光る君(かりん)

村上さんの投句5句です

水飯のこぼれし水で星を描く 3点
夕顔やだんだん思い出す小路(こうじ)1点
水飯や競って立てる箸の音 1点
夕顔の花ツナ缶で呑みはじむ 1点
夕顔や夜が答えになるクイズ

 「『夕顔やだんだん思い出す小路』っていうのはすごく優しい句ですよね。『夕顔の花ツナ缶で呑みはじむ』も庶民感覚あふれる優しい句。昔のテレビ番組で村上さんはウザい芸風でしたけど、私はこの2句が村上さんの隠れた人となりというか、俳人としての格のような気がします。芸人とか絵を描く人とかラッパーもそうだけど、優しい人じゃないとできないと思いますね」。それぞれお酒も進み、上野さんがおもむろに話し始めると、「こんなに気持ちよくしていただいて(笑)」と村上さんのテンションも上がります。打ち解けた雰囲気の中、40分ごとに切れるZoomは1回、また1回と延長されて、夏の夜は更けてゆきました。

句会を終えて、村上さんのコメント

 ツナ缶の句は、僕の家の近くのバス停で、ツナ缶で飲んでるおじいちゃんがいるんですよ。自分がその光景を見て「いいな」と思って俳句にしても、ちゃんとしたところに投句するのはちょっと怖いと思うんですけど、句会では話を聞いてほしい、っていうのが先にあるので思い切ったものが出せますよね。

 お酒を飲みながらの句会って、今まで1回くらいしかなかったんですよね。今回は僕がいるから僕の句をたくさん取り上げてくださったと思うんですけど、すっかり気持ちよくて、ビール2杯飲んじゃいました。結局ほめられたらうれしいし、みなさんが僕の句から物語を想像してくれて、「ああじゃないですか、こうじゃないですか」って言われるのは作者冥利に尽きる。自分の思ってもないところでいろんな物語が進行しているのが、すごく気持ちよくて。みなさんの想像力の中で楽しんでいただいて、これが俳句の命のひとつなんじゃないかな、って僕は思いました。

【俳句修行は次回に続きます!】