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「生命海流」書評 人を恐れぬ生物の本質的な自由

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月24日
生命海流 GALAPAGOS 著者:福岡 伸一 出版社:朝日出版社 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784255012414
発売⽇: 2021/06/12
サイズ: 21cm/253p

「生命海流」 [著]福岡伸一

 大陸と隔絶された環境で独自の進化を遂げた奇妙な生物たちの楽園、ガラパゴス諸島。1835年、ビーグル号で航海中に約1カ月滞在したダーウィンは、驚きの生命の姿を見た。
 ガラパゴスに行きたい、しかもビーグル号と同じ経路で。福岡ハカセの長年の夢が、乗員8人のマーベル号の1週間ほどの船旅として実現した。そんなダーウィンの追体験記を、手練(てだれ)のハカセが書き下ろせば面白くないわけがない。
 都会育ちのひ弱なナチュラリストのハカセは、出航当初から船内の「水洗」トイレと悪戦苦闘し、結局便秘になる。おい大丈夫か?
 でも心配ご無用。人を恐れる気配が全く無い孤高のイグアナやガラパゴスゾウガメの姿を目の当たりにしたハカセは、最初のフロレアナ島でいきなりハイテンションになるのだった。
 次のイサベラ島への航海中に、羽が退化し空を飛べなくなったコバネウが大ダコと大格闘を繰り広げた揚げ句、ついに丸のみに成功する現場を目撃する。
 この不思議なガラパゴス固有種は、ダーウィンの記録には見当たらない。飛べない「退化」が、なぜ生存に有利な「進化」となり得たのか。コバネウはそれを問いかけるためにわざわざ現れたのに違いない。ハカセの妄想は止まらない。
 サンティアゴ島では、ガラパゴスヒタキモドキのさえずりを耳にしたカメラマンが、撮影のためにレンズフードを設定したところ、彼(女)らは自らその中に繰り返し飛び込み続けた。
 なにゆえこれほどまでに人懐っこいのか。厳しい生存競争とは無縁な環境だからこそ受け継がれ得た、生物の本質的な自由と余裕そして好奇心の発露ではなかろうか。ガラパゴスでのハカセは進化論者というよりむしろ文学者である。
 素晴らしくも過酷な船旅を支えてくれた天才料理人ジョージの食事メニューの写真は感動もの。それを目当てにはるばるガラパゴスに行くのも悪くないかも。
    ◇
ふくおか・しんいち 1959年生まれ。生物学者、青山学院大教授。著書に『生物と無生物のあいだ』など。