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「サリドマイド」書評 今こそ響く「治療は実験」の原則

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
サリドマイド 復活した「悪魔の薬」 著者:栢森 良二 出版社:PHPエディターズ・グループ ジャンル:薬学

ISBN: 9784909417749
発売⽇:
サイズ: 19cm/298p

「サリドマイド」 [著]栢森良二

 この薬が旧西ドイツで睡眠薬として発売されたのは1957年。日本でも約4カ月後に販売が始まり、その後、胃腸薬としても売り出された。
 妊娠中の服用と生まれてくる奇形児との間に関係を見いだしたレンツ医師の警告を受け、4年後に西ドイツで回収が始まる。動物実験での証明が必要だとの指摘もあるなか、丹念な聞き取りで因果関係を類推する手法は、今もって色あせることがない。当時の厚生省の「科学的に根拠が乏しい」という判断で、日本での回収が大きく遅れたことも記憶にとどめたい。
 がんの一種、多発性骨髄腫の薬として再び承認されるまでの経緯はすでに知られている。だが、ブラジルでは21世紀になってもサリドマイド児が生まれ、米国ではエイズ患者の間で「奪い合い」が起きているという。この薬の取り扱いの難しさを象徴する。
 診療指針の編集などに長年かかわってきたという著者の淡々とした筆致からは、医学的に正確であろうとする方針とともに記録として残さんとする熱意を感じる。当時生まれたサリドマイド児が50代、60代を迎え、新たな困難に直面していることもうかがえる。
 日本での訴訟は国や製薬会社が因果関係を認め、和解が成立したが、薬害を法廷で裁くことの限界もまた、著者が提起する重いテーマだ。製薬会社の幹部が被告となった西ドイツの刑事裁判が打ち切りとなった顚末(てんまつ)や、生まれた子に鎮静剤を処方して死に至らしめたベルギーの医師と母親が無罪となった判決を知り、思わず考え込んだ。
 本書を読めば、当時、薬の審査や流通、副作用情報の管理がいかにずさんだったかがわかる。同時に、「いかなる薬物治療も、一定の危険性を持った実験である」に始まる、レンツ医師が唱えた「薬害を少なくする14の原則」は、薬やワクチンの承認審査の迅速化が問われる今だからこそ、改めて読む価値がある。
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かやもり・りょうじ 帝京平成大健康メディカル学部教授。著書に『サリドマイドと医療の軌跡』など。