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「誰の日本時代」 「ニホンゴデキン」大多数だった 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
誰の日本時代 ジェンダー・階層・帝国の台湾史 (サピエンティア) 著者:洪郁如 出版社:法政大学出版局 ジャンル:社会学

ISBN: 9784588603624
発売⽇: 2021/05/25
サイズ: 20cm/294p

植民地統治は、当時の台湾の人々の生活とその戦後をどのように規定していったのか。語られなかった、書かれなかった日本時代にフォーカスし、個人史と家族史を中心に新たな視座を提供…

「誰の日本時代」 [著]洪郁如

 七年ほど前、台南のとある村を散策していたら、八十代と思われる老婦人に笑いかけられたので、おばあさんお元気ですか、と挨拶(あいさつ)をした。それまでの経験から、日本からの観光客を歓迎するこの年代の台湾人には、中国語よりは日本語で話しかけるほうが喜ばれると思ったのだ。ところが老婦人は、ニホンゴデキンデキン、と笑う。あたしは台湾語しか喋(しゃべ)れないのよ、と言われてようやく私は、「日本統治期台湾」をめぐる自分の想像力の貧しさを悟った。
 一八九五年から一九四五年のこの時期を、台湾では「日本時代(リッブンシーダイ)」と区分する。
 この「時代」に生を受け、幼少期・青少年期を過ごした「台湾人」と「『日本語人』は常に等号で結ばれてきた」。とりわけここ日本では、九〇年代以降、日本のメディアにも頻繁に登場した李登輝に代表される、日本統治下の台湾で習得した日本語で流暢(りゅうちょう)に語る台湾人たちのイメージもあり、その印象は特に強烈だろう。
 しかし、「戦前の台湾社会ではむしろ、日本語と無縁な『非日本語人』が大多数を占めた」。何しろ「日本統治全期を通して、台湾社会全体にとって識字とは」「一つの希少な技能だった」のだ。
 本書は、「置き去られた広大な非識字層」を対象に「学校の外に溢(あふ)れていた『日本時代』の記憶」を手繰り寄せることで、台湾社会史の豊かな厚みを伝えてくれる。著者は、纏足(てんそく)を解き、新式の教育を享受した「新女性」たちについて論じた前著『近代台湾女性史』を執筆する過程で既に、「そこにはないもう一つの台湾史をつねに意識するようになった」という。そこ、とは、日本式の教育が実施された学校。すなわち「植民地教育の周縁や外部」という膨大な領域を排した極めて限られた空間だ。
 台湾史にしっかりと縫い込まれた「日本時代」とは、「私は二二歳まで日本人だった」といった、悲哀に満ちた己の運命を巧みな日本語で日本人に向かって直接語れる人々のものであると同時に、ニホンゴデキンデキン、と私に言った老婦人のものでもある。
 忘れてならないのは、「日本時代」を台湾人に強いた側が、自らに都合よくその時代を解釈してはならないという点であろう。
 「日本時代」よりもずっとあとに生まれ、九〇年代に留学生として来日した著者が日本語で著した本書は、「戦前世代の日本語使用者に大きく依存してきた日本の台湾認識」を更新し、「台湾の過去、日本が深く関わった時代に正面から向き合う」ための、次なる一歩へと誘う。「過去の歴史に向き合うための基礎作業」は、いま始まったばかりだ。
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こう・いくじょ/HUNG Yuru 1969年、台湾生まれ。一橋大教授(近現代台湾社会史、ジェンダー研究)。東京大大学院博士課程修了。著書に『近代台湾女性史』、共編著に『台湾映画表象の現在』など。