稲泉連が薦める文庫この新刊!
- 『修験道入門』 五来重(ごらいしげる)著 ちくま学芸文庫 1650円
- 『手紙のなかの日本人』 半藤一利著 文春文庫 781円
- 『増補版 日本レスリングの物語』 柳澤健(たけし)著 岩波現代文庫 1738円
国土の約8割を山地が占める日本。
(1)は民間信仰研究の大家が、その険しい自然条件の中から発生した修験道の世界を解説する。「日本九峰」と呼ばれる霊山の開祖たち、山伏の修行や装備に込められた意味。原始的な山岳信仰が仏教や民間信仰を取り込みながら、修験道という独特な習俗へと変容していく過程が理解できる。「入門」という言葉に引かれて気軽に読み始めたところ、一歩、また一歩と山塊へ分け入っていくような論考に、いつの間にか魅了されていた。
(2)は歴史探偵・半藤一利さんが、歴史上の人物の横顔を「手紙」から描いたエッセイ。親鸞から始まり、信長、松陰、漱石――。簡にして要を得た22人の小伝に、味わい深い恋文や無心状が溶け合う。中世から近世、近現代へと時代が進むうち、半藤さんがとらえた日本人の精神性のようなものが徐々に伝わってきた。太平洋戦争の軍人の遺書を主題にした『戦士の遺書』と併せて読みたい。
日本レスリングの100年史を描いた(3)は、まさに「大河」という惹句(じゃっく)にふさわしい大作ノンフィクション。柔道とプロレスの異種格闘技に始まる日本のレスリングは、なぜ世界の強豪になり得たのか。創始者・八田一朗の類い稀(まれ)なる生涯、選手や指導者たちの成功と挫折や軋轢(あつれき)、近年のパワハラ問題まで、無数の証言とエピソードによって全てを描き切ろうとする著者の気迫に圧倒された。一つの競技から見たオリンピック史としても興味の尽きない作品だ。=朝日新聞2021年8月14日掲載