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「周辺からの記憶」書評 「小さな物語」重ね希望を照らす

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月21日
周辺からの記憶 三・一一の証人となった十年 著者:村本邦子 出版社:国書刊行会 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784336071415
発売⽇: 2021/07/19
サイズ: 19cm/309p

「周辺からの記憶」 [著]村本邦子

 「被害比べ」をして、自分はましだから何も言う権利はないと考える被災者。支援される側の負い目や生きづらさ。自ら選んでここで暮らしているのに、原発事故を心配する外からの声が心を圧迫する。
 震災後のこうしたデリケートで語られにくい心理や状況を、著者は巧みにすくいあげて言葉にしている。
 本書は、関西在住の著者が、「証人」として、10年にわたって東日本大震災の被災地と関わり続けてきた記録だ。毎年のイベントを通じて得た「小さな物語」が、見開き2頁(ページ)ごとに、魅力的な文体で綴(つづ)られていく。
 トラウマ支援に長く携わってきた著者は、専門家としてできることはわずかと分かっていた。だからケアや支援ではなく、被災と復興の「証人」という役割を選ぶ。不運や苦境を生き抜く人の証人だ。そして「小さな物語」の積み重ねと共有を通じて、様々な出会いや声を呼び起こし、その響き合いから「被災と復興の物語を共に編み上げていく」。これが著者の目論見(もくろみ)だ。歴史は、一人一人の人生の物語の集合だから。だが復興の陰では、大きな喪失を抱えたままの被災者が取り残されて、ますます見えにくくなっている。ここで著者が抗(あらが)っているのは「大きな物語」の単純な語り口や、原発事故を早く終わった話にしたい空気だ。
 だから本書には、不条理や苦悩や分断が、あるがままに、抑制した筆致で記される。声高に理想を謳(うた)うわけではない。しかし、苦悩や無力感を見守る温かな眼差(まなざ)し、そして困難のなかにも希望の芽を見いだす眼差しは、読む者の感情を揺さぶる。著者は、復興に向けて地道に取り組む人が各地に無数にいることを伝えて、希望を照らす。「私たちの市民社会もまんざら捨てたもんじゃないな」
 復興五輪というお題目。サーカスとパンで満足するだろうという人間理解。これらのあまりの粗雑さを、この記録を読む者はいやでも意識させられるはずだ。
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むらもと・くにこ 1961年生まれ。立命館大教授。著書に『暴力被害と女性』、共編著に『臨地の対人援助学』など。