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驚嘆すべきデビュー作「ホワイト・ティース」など小澤英実が薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『ホワイト・ティース』(上・下) ゼイディー・スミス著 小竹由美子訳 中公文庫 上1320円 下1430円
  2. 『ロデリック・ハドソン』 ヘンリー・ジェイムズ著 行方昭夫訳 講談社文芸文庫 2640円
  3. 『誘拐の日』 チョン・ヘヨン著 米津篤八訳 ハーパーBOOKS 1290円

 (1)ジャマイカ系英国人女性作家の驚嘆すべきデビュー作。人種・宗教・階級が複雑に混淆(こん・こう)するロンドンで、出自のまるで異なるふたりの戦友が築いた家族のサーガに笑わされているうち、気づけば生命の誕生から人間の歴史までがすっぽり一作に収まっている。自己のルーツとは過去の遺産であり呪縛でもある。その連鎖のなかで私たちが起こす行動は、どんな未来を生み出せるのか。「人がいかに生きるべきか」という問いは、「人がどう共に生きるか」という問いと切り離せない、双子のようなものなのだ。

 (2)人の心とはなんと解きがたく謎めいて、読みの欲望を搔(か)き立てるのだろう。芸術愛好家の裕福な青年ローランドは、アメリカの片田舎にいた青年ロデリックの才能を見出(みい・だ)し、パトロンとなってローマへ連れ出す。毒母に養育された絶世の美女や、自己中心的で手の焼けるロデリックなど、きわめて個性的な面々の織りなす恋愛ドラマも目が離せないが、彼らに振り回される凡人ローランドの複雑な心境も大いなる謎だ。ジェイムズによる人間観察の精髄が味わえる。

 (3)白血病の娘の手術費用を賄うため、起死回生の身代金誘拐事件を企てたシングルファーザーのミョンジュン。だが誘拐した少女の両親が、自宅の豪邸から死体で発見されたことで、事件は予想外の展開へ。天才少女とドジで情けない誘拐犯のコンビのユーモアたっぷりの掛け合いや、現実離れした強烈などんでん返しの連続を、アトラクション気分で楽しみたい。=朝日新聞2021年8月21日掲載