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果てしのない、妄想の旅へ 「Voyage 想像見聞録」など池澤春菜さん注目のSF小説3冊

  • Voyage 想像見聞録
  • 火星へ
  • 感応グラン=ギニョル

 どこにも行けない今だからこそ、空想の中で旅に出よう。作家の妄想力をいかんなく発揮したのが、『Voyage 想像見聞録』。6人の作家による、全く違う旅はどれもワンダーに満ちている。今、ここを舞台とした宮内悠介「国境の子」と、藤井太洋「月の高さ」。転がる物語の行き先がひたすら怖い森晶麿「グレーテルの帰還」。わたしたちを包む世界そのものが旅に出るような奇想、石川宗生「シャカシャカ」。個人的お気に入りは、ジュブナイルSFの切ない爽やかさに満ちた、小川哲「ちょっとした奇跡」、深緑野分(のわき)「水星号は移動する」。どちらも、移動そのものに一ひねりを加えた新しい視点。いつかきっとまた、世界中どこでも行けるようになる日が来る。それまでの間、脳内旅行も悪くない。

 もっともっと遠くに行きたい人は『火星へ』。前作『宇宙(そら)へ』はヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の3冠を取った。1952年、巨大な隕石(いんせき)がワシントンDC近海に落ち、アメリカ東海岸を壊滅させた。これによって地球の気候は大きく変わってしまった。生き延びるため、人類は宇宙へと向かう。前作で宇宙計画がスタートし、今作で挑むのは有人火星ミッション。面白いのは舞台を過去に設定したこと。主人公エルマは数学の天才。彼女は紙と鉛筆で計算し、パンチングカードに打ち込み、根深い女性差別や人種差別を相手に奮闘する。重たいシーンもあるが、とてもテンポが良く軽やか。シットコムの舞台裏を見ているよう。ただ、それに呆(あき)れ、憤慨し、笑えるのは、今だからこそ。かつて当たり前だったグロテスクな不均等を、われわれは本当に改めることができたのか。今を考えるために、読みたい作品。今もきっと世界中で戦い続けている〈レディ・アストロノート〉たちを応援するためにも。

 『感応グラン=ギニョル』も素通りすることを許さない。5編の短編、全てが様々な痛みを突きつけてくる。蠱惑(こわく)的で毒に満ちた世界に生きるのは、いずれも少女たち。昭和初期、浅草の見世物(みせもの)小屋に集められた欠損を抱える少女たち。一見完璧な美しい無花果(いちじく)が一座に加わったとき、それぞれの抱える過去が明らかになる表題作。他人の感覚や感情までも体験できるデバイスと小児性犯罪を絡めた「地獄を縫い取る」。恋をすることで変容する死病が蔓延(まんえん)した世界「メタモルフォシスの龍」。吉屋信子『花物語』のアンチテーゼ「徒花(あだばな)物語」。表題作と同じ世界の書き下ろし作品「Rampo Sicks」。見ることは見られること、読む者もまた無関係ではいられない。恐ろしいまで美しい、心に爪痕を残す短編集。=朝日新聞2021年8月25日掲載