朗読会も「分断を乗り越える力」
詩人の柏木麻里さんが昨年、日本語と英語の2冊組みで刊行した詩集『蝶(ちょう)』(思潮社)が、海を越えて詩人たちの共感を呼んでいる。今年6月にあった米国の芸術祭では、6カ国語によるリレー朗読が行われた。「詩には分断を乗り越える力がある」と柏木さんは話す。
1995年に現代詩手帖賞を受賞した柏木さんは、木々や花を見つめ、生命をすくい取ろうとすることを詩作のテーマにしてきた。15年ほど前から、「どこか現実ではないところに通じるような、永遠性を感じる姿」に魅了され、蝶を描いた作品を2千編以上書きためた。昨年9月、そこから精選したものを詩集『蝶』に結実させた。英訳は、友人で翻訳者の連東(れんとう)孝子さんが担当した。
柏木さんはこれまでドイツや北マケドニアなど、世界各地で開かれる詩祭に参加してきた。海外の詩人たちと行ったオンライン朗読会で、『蝶』に収めた作品を日本語と英語で読むと、蝶がまとう儚(はかな)くも美しい普遍的な情景が好評を博した。「あなたの詩を訳したよ」。そんなメッセージがすぐにいくつも寄せられ、作品は最終的にフランス語や中国語など、10カ国語に翻訳された。
6月、米国の芸術祭プリンストン・フェスティバルで柏木さんの詩がリレー朗読された。05年から続くこの芸術祭は今回、コロナ禍で一部がオンライン開催。柏木さんを含む6人が朗読に参加した。
《まだいない蝶たちを 春が抱えている》(詩集『蝶』所収「春」から)
各国の詩人が自国の言葉と英語で「蝶」の詩を読み上げていく。イタリア語で「ファルファッラ」、スペイン語で「マリポサ」、ロシア語では「バーボチカ」……。画面越しではあっても、「蝶が姿を変え、違う場所で舞っているように感じた」と柏木さんは振り返る。
柏木さんは今も継続的に、海外の詩人とのオンライン朗読会で「蝶」の詩を披露する。日本では、詩人が脚光を浴びる場面は多くない。けれど、世界的な災厄のさなかでも「詩人たちは言葉を介して分断を乗り越えようとしていたのだと知ってほしい」と話す。 (山本悠理)=朝日新聞2021年8月25日掲載