「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領が強権体制を敷くベラルーシ。今月、東京五輪の女子選手が政権による弾圧を恐れてポーランドに逃れたが、ノーベル文学賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさん(73)も昨年秋に国外へ追われた身だ。民主主義を脅かす動きに、「私たち作家はひとつの拳となって反撃を」と抵抗を呼びかける。
「戦争は女の顔をしていない」や「チェルノブイリの祈り」で知られるアレクシエービッチさんが7月27日、オンラインで姿を見せた。講演や対談、取材記録をまとめた「アレクシエーヴィチとの対話 『小さき人々』の声を求めて」(岩波書店)の刊行に寄せて、著者の一人の沼野恭子・東京外国語大教授が企画したオンライン研究会に、滞在先のドイツから参加した。
独裁政権の犯罪 歴史に残す
ルカシェンコ政権26年となった昨年夏、大統領選に不正があったとして市民が街頭デモに出た。彼女はそれを「革命」と表現した。
「独裁者が26年間支配していたが、初めて国民がはっきりと意思表示をした。なぜ26年間沈黙していたのか。恐怖も、ソ連的な習慣もあった。しかし今、新しい世代が生まれ、街頭に繰り出した」
建物8階の自宅の窓から見た光景を振り返った。
「目の前を数十万の人々が通った。白赤白の、かつて禁止されていた私たちの旗(旧国旗)を持って。祝祭に出かけるように花を手に持ち、女性たちは白いドレスを着て」
「それを見て私は再び、わが国の人々を愛し、信じるようになった。国民が誕生したと実感した。我々が望んだのは流血ではなく、新しい世代やリーダーへの平和的な政権移譲だった」
だが、状況は一変する。
「朝起きると、窓の下には装甲車両が並び、兵士たちがいた。デモに参加した人たちがひどく殴られ、何千人もが投獄された」
「ルカシェンコはロシアの支援を得て、国民の運動を弾圧した。多くの人々が国外に逃れ、投獄された人も相当いる。新聞や雑誌が廃刊に、市民団体が閉鎖に追い込まれている。人道的な大惨事といえる」
今年7月のことだ。彼女はベルリンの空港で、荷物に危険物が入っていると疑われて足止めを食らった。
「空港当局に誰かが通告したのです。お前のことを監視しているぞ、という私への警告だと思う。国内の抵抗への弾圧だけでなく、国外で闘い続けている人たちも弾圧するのがルカシェンコの計画。証言者たちを消し、犯罪の痕跡を消し去ろうとしている」
そのためにも今、本を執筆していると明かした。
「投獄された人々、殴られた人々、けがをさせられた人々、身柄の拘束や逮捕から逃げ出せた人々、逃げられなかった人々の数百の記憶や語りで構成されます。犯罪者が犯罪の痕跡を消し去ってしまわないように、事実を歴史に残すために。大変な仕事だが、非常に重要だと考えている」
日本ペンクラブ会長で作家の桐野夏生さんもオンラインで参加した。「ベラルーシの悪夢的な状況に、同じ作家として恐怖しか感じない。ずっと支援を続けたい」と語りかけると、アレクシエービッチさんは「そうした支援の言葉は心の支えになる」と述べ、こう呼びかけた。
「民主主義を侵害する者、第2次世界大戦の終結以降に積み上げられてきたものを壊そうとする者に、私たち作家は、ひとつの拳となって反撃をしなければならないのです」(編集委員・副島英樹)=朝日新聞2021年8月25日掲載