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「陰キャでニートでアイドルオタクだった僕が歌舞伎町で指名ナンバーワンホストになって水を売る理由」書評 適度な不満でつかむファン心理

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月28日
陰キャでニートでアイドルオタクだった僕が歌舞伎町で指名ナンバーワンホストになって水を売る理由 (hilia TALK) 著者:将暉 出版社:主婦の友社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784074489244
発売⽇: 2021/07/27
サイズ: 19cm/191p

「陰キャでニートでアイドルオタクだった僕が歌舞伎町で指名ナンバーワンホストになって水を売る理由」 [著]将暉

 一流ホストが書くビジネス書は、深い示唆に富むものが多い。どうすれば市価の数倍の値段でシャンパンを売れるか。数多(あまた)のライバルの中から自分を選んでもらうか。彼らは付加価値の付け方を考え抜いている。著者の将暉は大手グループで年間指名ナンバーワンに輝いた元ホスト。本書も教えに満ちているはずだと思い読み進めたら、想像の斜め上を行く奇書であった。
 まず将暉はこの本を「本当に何の役にも立ちません」という。そして概(おおむ)ねその通りなのである。概ねというのは、少しは役に立つ内容もあるのと、もしかすると真に深遠なことが書かれているかもしれない気がするからだ。
 「将暉」とは俳優の菅田将暉氏からとった源氏名だ。将暉は昔から菅田将暉の熱烈なファンで、外見や雰囲気も似せている。ホストは誕生日にイベントを打つが、将暉は自分のではなく、菅田将暉の誕生日にイベントを実施した。シャンパンタワーではなく、菅田将暉が大好きな牛乳でタワーをした。ホストクラブに牛乳というメニューはないから、歌舞伎町中を駆け回って牛乳を集めた。牛乳タワーはとても盛り上がるし、それほど臭わないそうだ。
 将暉はオタクなので、ファン心理が分かる。重要なのは適度な不満足を与えることなのだという。満足しきれず、心残りをもつファンの方が、「また来よう」と思うからだ。
 そんな将暉はホストを引退後、水を1杯1500円で売る「水カフェ」を営業している。コンビニで買った水をグラスに移して出すだけだが、客はそれに付加価値を見いだしてくれる。先日わたしはそれを体験しようと水カフェの前まで行ったが、閉まっていた。残念ではあったが、店の情報には「マスターが休みたい日」が店休日とあるので仕方ない。本書には、期待させないこと、不満足を与えることの効能が記されている。値段は水1杯より安価である。
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まさき 1994年生まれ。東京・下北沢で「水カフェ」を営む。ツイッターアカウント(@mamamasakiss)。