村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『わたしたちに手を出すな』 ウィリアム・ボイル著 鈴木美朋訳 文春文庫 1155円
- 『灰いろの鴉(からす) 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』 櫛木理宇著 ハルキ文庫 792円
- 『ストレイドッグス』 樋口明雄著 祥伝社文庫 979円
ニューヨークのブルックリン。六十歳のリナを近所の老人男性が欲情して襲った。リナはガラス製の灰皿で殴って身を守るも男は昏倒(こんとう)。もしかして殺しちゃった? そんな(1)は、リナの娘や孫、ハンマーを持つ殺し屋といった犯罪組織の面々や元ポルノスターなどを巻き込んで熱量を増していく一冊。幾度となく急角度に曲がりながら抜群の疾走感で密度濃く進む本書を支えるのは、とにかく存在感が強烈な登場人物だ。なかでも中心人物である還暦過ぎの女性たちとリナの十五の孫娘の決断力と行動力が圧巻で、一挙手一投足に喝采したくなる。彼女たちが抱えさせられた痛みも記されており軽薄さとも無縁。痛快作のなかの痛快作だ。
県警捜査一課の刑事が、老人ホームでの殺傷事件を探る(2)は、ちょっと曲者。「上級国民を狙った」という表面的な構図と、その裏側の相違が徐々に見えてくるのだが、そうした表裏のズレが本書のあちこちにひそんでおり、しかもそれらが個々の登場人物の人生に繫(つな)がっている。結果としてツイストに次ぐツイスト。心に響く衝撃と驚愕(きょうがく)の連続。そんな一冊なのだ。鴉が静かに刑事を手助けする特殊設定も独自の魅力だ。
一九六五年の山口県岩国市が舞台の(3)。米兵やヤクザが景色に溶け込む町で、孤独な三人の高校生が出会った。一丁の拳銃の入手を契機に他人とは異なる道をそれぞれ進み始めた彼らの十年を描いた本書は、暴力を切り口としつつも、中心には彼らの友情が宿り続ける青春小説だ。殺気と哀感の緩急も見事。=朝日新聞2021年8月28日掲載