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「日本政治研究事始め」書評 学生運動世代による挑戦の軌跡

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月04日
日本政治研究事始め 大嶽秀夫オーラル・ヒストリー 著者:大嶽 秀夫 出版社:ナカニシヤ出版 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784779515927
発売⽇: 2021/07/30
サイズ: 20cm/335p

「日本政治研究事始め」 [著]大嶽秀夫

 政治学者の聞き取り記録としては『聞き書 南原繁回顧録』が名高い。東大総長を務めた政治学者の歩みを通じて、20世紀前半の歴史を鮮やかに描いた傑作だ。南原の専門は伝統的な政治哲学。これに対してこの回顧録の語り手である大嶽秀夫は、科学(サイエンス)としての政治学をめざした第一世代の政治学者だ。2人の生まれはおよそ半世紀隔たる。
 本書の題名が示唆するように、大嶽は、現代日本政治をきちんと学問的に分析する必要を説いた。これまでは思想史や外国研究の専門家が片手間に批判するだけだったというのだ。政治学の刷新をめざす大嶽は、同世代の研究者たちと学術誌「レヴァイアサン」を創刊する。東北大の教員室に導入されたものの、ほとんど誰も使わなかった当時の最新機器ワープロで発刊趣意書を書いたエピソードが象徴的だ。政治学のフロンティアを担ってきたとの自負は本書の随所に溢(あふ)れる。
 しかも人物像は魅力的。趣味は多く、文学や音楽にも造詣(ぞうけい)が深い。学問でも、クールにパズルを解くのではなく固有名や歴史叙述にこだわり、社会運動やフェミニズムも視野に入れた。語り口にも一家言もつ。戦後政治学に対するサイエンスの反逆という単純な図式だけではうまく捉えきれない複雑な相貌(そうぼう)を、編者たちは巧(うま)く引き出している。
 政治批判という社会的役割を担ってきた従来の政治学に反逆した大嶽は、時に「右翼」と呼ばれた。だが本書にも明らかなように、新左翼の学生運動の経験が大嶽に与えた影響は絶大だ。本書は、戦争経験世代の政治学に対して学生運動世代の政治学が挑んだ歴史としても読めるだろう。
 回顧録は大嶽自身が歴史研究の対象となった証(あかし)であり、学界の世代交代はいまも進んでいる。それでも本書の歴史資料としての意義は失せない。この聞き書きは、東大紛争のなか大嶽が修士論文を書いた1968年度を起点にする半世紀の学問の姿を証言している。
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おおたけ・ひでお 1943年生まれ。東北大名誉教授、京都大名誉教授。著書に『戦後政治と政治学』など。