1. HOME
  2. 書評
  3. 「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」書評 日本の忘れたくないものすべて

「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」書評 日本の忘れたくないものすべて

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月25日
清少納言を求めて、フィンランドから京都へ 著者:末延 弘子 出版社:草思社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784794225283
発売⽇: 2021/07/30
サイズ: 19cm/495p

「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」 [著]ミア・カンキマキ

 2019年のヨーロッパ文芸フェスティバルの招聘(しょうへい)に応じて来日、自身による朗読で部分的に紹介された時から全編邦訳が待たれていたカンキマキのエッセーが、ぶじに刊行。長大ながらじつに楽しく読める。
 フィンランド人の著者は、大学の日本文学講座で英訳版「枕草子」を知ってたちまち魅了され、長年、愛読してきた。清少納言を「セイ」と呼び、「まるで私に話しかけているみたいにホットな話題」と感じたり、その随筆のスタイルに現代のブログとの共通点を見出(みいだ)したりもしてきた。
 そして2009年。38歳で独身、規律正しく会社勤めをする「自分の人生に飽きてしまった」彼女は、突如、長期休暇を翌年に取得し、「枕草子」を学ぶべく1年間日本に滞在することを思いつく。各種財団の助成金に片っ端から応募し、親や周囲に酔狂さを呆(あき)れられつつも、夢のような計画を着実に進めるのだ。
 滞在地は9月の京都、そこは命がけといえるほど蒸し暑く、ゲストハウスにはごきぶりが頻出、本物のチーズは百貨店の店員も詫(わ)びるほど高価だ。しかし詩仙堂の庭園には、「心に宇宙が広がってゆく」美しさがあり、御所の清涼殿からの景色はたしかに清少納言も目にしたと感じる。図書館通いも怠らないが、あくまでも実体験を通じて、平安期の女性作家の仕事と心理に肉薄しようという著者の試みは、説得力を持つ。
 ものづくしのリストを自身でも作り、紫式部とのライバル関係を推測し、やがて考察は、女性が著名になり、競争社会で生きぬくことの普遍的な困難へとおよぶ。「忘れたくないものすべてを、これ以上ないほど心を込めて書いた」と著者が結論づけた「枕草子」の本質は、この本書の根幹となり受け継がれている。
 忘れたくないものすべて。ユーモアとひたむきな知性によって、著者は、何歳からでも人生を彩ることができると証明した。元気づけられる一冊だ。
    ◇
Mia Kankimäki 1971年生まれ。フィンランドの作家。編集者、コピーライターを経て本作でデビュー。