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「後列のひと」書評 煩悩と葛藤 それでも筋を通す

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2021年10月02日
後列のひと 無名人の戦後史 著者:清武 英利 出版社:文藝春秋 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784163914046
発売⽇: 2021/07/28
サイズ: 20cm/295p

「後列のひと」 [著]清武英利

 組織の末端や、光の当たらない場にいても、損得と関係なく、自分の筋を通す。そうありたいと願っても、いざ実行するのは簡単ではない。この本に描かれた18編は、それを貫いた名もない人たちの物語だ。
 描かれるのは、時代も境遇も全く違う人々だ。戦時中に特攻隊員の出撃を見送った家族、バブル経済崩壊後、債権回収に走った元銀行マン、トヨタを支えた養成工、20億円を張る86歳の相場師……。何の接点もなさそうな18の人生は、ところどころで交差する。ノンフィクションながら、連作の短編のような趣がある。
 登場する「後列のひと」は聖人君子ではない。煩悩も葛藤もあるし、変人の部類に入りそうな人もいる。約2500億円の借金を踏み倒した「浪速の借金王」と、その借金王から借金を返せと訴えられた人の話などは、どこまで本当かと思うほどだが、著者の視線は温かい。彼らの中に、清濁併せのむ人間の面白さと、生きた時代そのものを見るからだろう。
 映像が立ち上がるような体験をするのは著者の作品の魅力で、背後に膨大な取材をうかがわせる。読む人は、銃弾の降るベトナムの戦地から、バブル期の銀行の一室まで、あっという間に連れて行かれる。
 著者はこれまでも、山一証券の自主廃業の裏で会社に残って不正を追及した社員たちや、外務省の機密費流用事件を追った名もない刑事たちなど、声高に手柄を語ることもなく、組織の末端にたたずむ人たちを取り上げてきた。過去の作品を読んだことがある人は、登場人物たちのその後を知ることになる。
 本を閉じたとき、気付いたことがある。「後列のひと」にはたいてい、彼らをさらに後ろで支えた「最後列のひと」がいた。その多くが女性たちであったことは、決して偶然ではないだろう。彼女たちが残したかすかな影に、それぞれの時代を生きたもう一つの群像を見たような気がした。
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きよたけ・ひでとし 1950年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『しんがり』『石つぶて』など。