1. HOME
  2. 書評
  3. 「透明な螺旋」 悲しみに向き合う名探偵の選択 朝日新聞書評から

「透明な螺旋」 悲しみに向き合う名探偵の選択 朝日新聞書評から

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月09日
透明な螺旋 (ガリレオ) 著者:東野 圭吾 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163914244
発売⽇: 2021/09/03
サイズ: 20cm/301p

「透明な螺旋」 [著]東野圭吾

 ミステリファンとは因果なもので、クライマックスの謎解きにドキドキしながらも残りページの厚みを確認し「もう一捻(ひね)りあるぞ」とか「これで決着だな」などと頭の片隅で考えがちだ。そんな読者を手のひらで転がすかのような、終盤の畳み掛けが圧倒的に上手(うま)いのが東野圭吾である。
 それも単なるどんでん返しではなく、思いがけない方法で物語を一段深く掘り返すのだ。「なるほど、そういうことか」と思った後に待ち構える予想外の衝撃。今回もその手腕は鮮やかだった。
 『透明な螺旋』は、クールで理性的な天才物理学者・湯川学が探偵役として活躍する「ガリレオ」シリーズの第10作。長編だけに限って言えば6作目となる。ファンにとっては、これまでまったく描かれていなかった湯川のプライベートが明らかになるのも読みどころだ。だが実はそれも物語のテーマにリンクしてくる。
 プロローグは約50年前のとある男女のエピソード。そして現代に移り、房総沖で男性の他殺死体が見つかったことから物語が動き出す。行方不明届が出されていた人物と情報が一致したため、警察は届を出した同居の恋人・島内園香に連絡をとるが、既に彼女は自ら行方をくらませた後だった。
 アリバイもあり、疑われていたわけでもないのになぜ彼女は消えたのか。園香を探す警視庁の草薙刑事は、捜査の過程で関係者の中に思いがけない名前を見つける。それは類稀(たぐいまれ)な推理力でこれまで何度も難事件を解決してきた盟友、湯川学の名前だった――。
 このシリーズの長編には共通する特徴がある。動機の悲しさだ。真相にかかわるので具体的には書けないが、どの話も「誰かのために」というやるせない思いが底にあり、話が進むにつれてその思いが読者に強く伝播(でんぱ)する。だから胸を打つ。科学者の湯川は犯人やトリックにまず「理」で対峙(たいじ)するがそれで解明されずに残る「情」こそが本シリーズの核である。
 その「情」に湯川がどう向き合うかに注目。湯川は事件の終盤で重要人物(犯人とは限らない)と対面するケースが多い。ここでの会話が、前述した「思いがけない方法で物語を一段深く掘り返す」ことにつながる。既刊と本書を読み比べてほしい。彼は何のためにその人物に会うのか。そこで何を促すのか。そこに込められた思いとは。湯川の「情」の発露だ。特に本書の湯川の選択には、過去のある作品を思い出す読者も多いのでは。そこに湯川自身の変化を見出(みいだ)すこともできるだろう。
 本書は単体で読んでもまったく問題ないが、既刊を知っていると感慨は何倍にもなる。この機会にぜひ併せて楽しまれたい。
    ◇
ひがしの・けいご 1958年生まれ。作家。1985年、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2006年、『容疑者Xの献身』で直木賞。他に『夢幻花』『マスカレード・ナイト』『白鳥とコウモリ』など。