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「特攻文学論」書評 「命のタスキ」つなぐ次代の覚悟

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月16日
特攻文学論 著者:井上 義和 出版社:創元社 ジャンル:文学論

ISBN: 9784422300818
発売⽇: 2021/08/06
サイズ: 19cm/231p

「特攻文学論」 [著]井上義和

 本書のタイトルに触れ、いくつかの期待があったが、必ずしも満たされたわけではない。視点、分析は首肯できるにせよ、戦時下の特別攻撃隊の隊員の手記の持つ二重性(国家と個人)を文学作品が読み抜いているかが前提になるはずである。奇妙な言い方になるが、特攻についての質の高い文学作品が少ないのはなぜか、を見ていくと、「死んだ仲間とともに生きる戦中世代を、社会的に包摂することに失敗したこと」も理由になるであろう。
 著者は冒頭で、特攻文学を薬と毒の両義性を持つ「パルマコン」として読むことによって、自己の生き方に新たな啓発が与えられると記す。こうした見方は濃淡はあれ、これまでも行われてきたように思う。ただ本書の秀でているところは、特攻文学の意味や意義をひとまず整理しているために、特攻を見つめる目の位置が歴史的な新鮮さを伴っている点である。確かに次代の目がある。
 本書の文中では、ゴシックで力説されている文言があり、いずれもなるほどとうなずける。著者は「〈妖しい力〉を言葉で包摂する」ことを試みているといい、特攻論を誰もが共有できる言葉に置き換えていきたい、と述べる。こうした特攻文学を論じる姿勢の問い方は、次代だから発せられるメッセージというべきであろう。その点ではまさに著者自身も「命のタスキ」を受け取り、再整理する覚悟が読み取れる。
 特攻作戦の不条理を安全地帯から論じることは、「必ず、特攻の正当化論へと堕落してしまう」との鋭い指摘がある。特攻文学にはこの難所をクリアする仕掛けがあると分析する。それは、託す者と託される者の物語を作ることだという。著者の論点は鋭い分、読む側の深い思考も必要だと気付かされる。
 本書はこれまで手薄だった分野に果敢に挑んだとも言えるのだが、読者の世代によって感想が全く異なるであろう。
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いのうえ・よしかず 1973年生まれ。帝京大教授(教育社会学)。著書に『未来の戦死に向き合うためのノート』。