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「アルフレッド・ウォリス」書評 70歳で絵筆取った純粋無垢の人

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月30日
アルフレッド・ウォリス 海を描きつづけた船乗り画家 著者:塩田純一 出版社:みすず書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784622089490
発売⽇: 2021/09/14
サイズ: 22cm/238,12p 図版32p

「アルフレッド・ウォリス」 [著]塩田純一

 アルフレッド・ウォリスという画家の名を初めて知った。本書の著者によってすでに日本に紹介され、個展も開催されている。もっと色々な彼の絵を見たくなって早速カタログを入手した。ウォリスの本職は英国の港町に住む船乗りで、70歳で初めて絵筆を取った素人画家である。
 彼を発見した画家ベン・ニコルソンと友人の画家クリストファー・ウッドは当時まだ有名になる前で、絵のスタイルも決まらない暗中模索の時期だった。彼等(ら)はウォリスの絵の反アカデミズムに電撃的ショックを受けて以来、ウォリス狂になってしまう。その辺の本書の描写は実にエキサイティングで面白い。著者も彼等と同様、ウォリスに導かれるように彼のコーンウォールの墓まで訪ね、この素人画家を追跡し、作品を解体していく。
 僕もニコルソンと同様、初めてウォリスに接すると同時に彼に親和性を寄せることになった。というのもウォリスと同様、僕も正規の絵画教育を一切受けないまま独学の画家としてスタートしていたので、受け入れ難いアカデミズムよりむしろアウトサイダー・アートに親近感がある。ウォリスを発見したニコルソンらはバリバリのアカデミズムの前衛芸術信奉者にもかかわらず、彼等の中にはアカデミズムに対する反撥(はんぱつ)と同時にアウトサイダー・アートの純粋無垢(むく)への強い憧憬(しょうけい)があったはずだ。
 ウォリスにはアカデミズムを信奉する職業画家のような野心や野望はない。そのような欲望は、知らず知らずの内に霊性と対立する知性至上主義、唯物主義的な競争社会に組み込まれてしまう。そういう美術家をニコルソンらも志向していたのではないだろうか?
 ウォリスの世界観は社会的現実とは無縁の魂の戯れの世界で、彼なりに生を充足していたはずだ。僕には、彼は一般的な観念や言葉で語り得ない、愚直な向こう側の住人のように思えてならないのだ。
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しおだ・じゅんいち 1950年生まれ。多摩美術大客員教授。現代美術展を手がける。『イギリス美術の風景』など。