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「アイデア資本主義」書評 直線的な時間感覚に根ざす現象

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月30日
アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア 著者:大川内 直子 出版社:実業之日本社 ジャンル:経済

ISBN: 9784408339870
発売⽇: 2021/09/02
サイズ: 19cm/221p

いまや、アイデア自体を売り込んで出資を受けることができる時代。資本主義の歴史を、新しい成長余地=フロンティアの変遷という視点から捉え直し、伝統的なフロンティア消滅の果てに…

「アイデア資本主義」 [著]大川内直子

 わたしはあるとき企業の事業や経営に関わるようになった。そこでまず印象的だったのは、優れた経営者がもつ独特の時間感覚である。今日の次は明日が来る、明日の次は明後日が来る、1000日目の次には1001日目が来る。彼らの脳内には、きっぱりと引かれた数直線の上に、現在から将来への時間が真っ直(す)ぐ刻まれている。だから将来を考え、リターンを計算し、いまの自分の行動を選択できる。目先の労や日銭にとらわれず、広義の投資ができる。
 だが直線的な時間感覚は決して当たり前のものではない。例えばだ。将来の自分のため、いま十分な努力をする。未来を変える新技術に、いま親しもうとする。新しい常識に、いま意識をアップデートする。そういうことを、全ての人間ができるわけではない。「いま」は強烈に存在する点だが、そこから伸びる線はぼやけている。だからいまは労を惜しむし、目先の日銭を求める。刹那(せつな)主義とはそうした姿勢の極致である。
 刹那主義が悪いと言いたいわけではない。明日の生死を知れぬ通常の生物にとって、おそらくそれは自然な振る舞いなのだ。ただし人間は歴史のなかで、直線的な時間感覚を育んできた。例えばユダヤ・キリスト教での神が世界を創造したという考えは、天地創造のタイミングを始点として現在や未来をとらえる時間の概念を生んだとされる。
 著者は資本主義の本質を、直線的な時間感覚と、未来への計算に認める。資本主義は社会システムというよりは、人間の心的傾向に根差す現象だと指摘する。そうして資本主義の歴史を概観し、アイデアをもつ人が投資を集める今日の「アイデア資本主義」を論じる。それは希少価値を失(な)くしたカネが、優れた僅(わず)かのアイデアに群がる現象だ。そのような時代を、我らはどのように生き延びればよいのか。そう問う者はすでに直線的な時間感覚を前提としているだろう。
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おおかわち・なおこ 1989年生まれ。行動観察に基づきアイデアを生み出す「アイデアファンド」代表取締役。