ISBN: 9784309617343
発売⽇: 2021/08/25
サイズ: 19cm/232p
「世界一やさしい依存症入門」 [著]松本俊彦
「ダメ。ゼッタイ。」。30年以上前から使われているこの薬物乱用防止の標語に異を唱え、精力的に社会発信を続ける精神科医が「14歳の世渡り術」シリーズとして書き下ろした。自身、周囲に劣等感を抱き、苦しんだ10代には二度と戻りたくないといい、こうした経験が若い世代へのメッセージとして生きている。依存症が起きる仕組みや背景を理解する格好の入門書でもある。
薬物、酒、ゲーム、万引きに至るまで、依存症の形態は多種多様だ。リストカットのような自傷行為や摂食障害もまた似た側面を持っている。むろん犯罪は明確に区別して考える必要があるが、病気という視点でみれば変わりない。
脳の働きを活性化させるアッパー系と、逆に抑えるダウナー系の薬物がなぜ脳内で同じ作用をもたらすのか。こうしたメカニズムにも立ち寄りつつ、依存症の背後に潜むことの多い周囲とのゆがんだ人間関係や幼少期の虐待、いじめなどの経験をあぶり出してゆく。
登場する患者の多くは概して自己肯定感が低く、周囲に助けを求める術(すべ)を持たない。快楽や快感を欲しているわけではなく、いまの自分を変えたいと思い、あるいは内なる苦痛から逃れるため、その何かにハマってしまったのだとわかる。そこに目を向けない限り、「ダメ。ゼッタイ。」と説いたところで問題は解決しない。
さまざまな患者に接する著者の姿勢にもまた共通したものがあることに気づく。
勉強に集中するためにカフェイン入りのエナジードリンクを飲み始め、やがて市販のせき止め薬が手放せなくなった女子高校生。名門中学に入ったとたん成績上位者でなくなってゲームの世界にのめり込み、それをとがめる親に暴力を振るう男子中学生。この2人は困り果てた親に連れられ著者のもとを訪れるのだが、薬やゲームを禁じたりはしない。むしろ「少しならいいよ」と容認し、客観的に自分を見つめ、頼らなくてもいい状態へとゆっくり導いてゆくのである。
薬物依存の治療を志す経緯は、今年刊行された『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)に詳しい。正直いってナイーブで感傷的な描写や筆致にたじろいだ。しかしながら、社会や人間への鋭い洞察力と感性を持ち合わせた著者だからこそ、体験を信念に変え、診療でも実践できるのだと得心した。
患者が経験する悲しみやつらさは、弱い人や苦境に立つ人への共感力の素地となり、人間としての魅力にもなりうる――こんな指摘はきっと当事者やその少し手前にいる人たちを前向きな気持ちにしてくれるはずだ。
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まつもと・としひこ 1967年生まれ。精神科医。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。著書に『薬物依存症』『自分を傷つけずにはいられない』『もしも「死にたい」と言われたら』など。