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「カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ」書評 理性と感情せめぎ合う四角関係

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年11月06日
カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ 著者:山崎 まどか 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152099945
発売⽇: 2021/09/03
サイズ: 19cm/383p

「カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ」 [著]サリー・ルーニー

 主人公のフランシスは、ボビーという元彼女と朗読パフォーマンスの活動をしている二十一歳の大学生だ。二人はとあるイベントを通してジャーナリストのメリッサ、そしてその夫である俳優ニックと出会う。
 ボビーは知的でユーモアがあり、両親の経済力、容姿にも恵まれ、メリッサに対してもあからさまに好意を示す。対してフランシスは物静か、身体問題と父親のアルコール依存に煩わされ、卑屈で冷淡な面を持ち合わせながらも、内に秘めた激しさに突き動かされニックに手を伸ばす。
 利益のために愛を利用する資本主義を批判し、「私はアンチ・ラブ」と嘯(うそぶ)くフランシス。裕福な白人男性でありながら「彼が好きなのは、彼自身の選択について相手に全責任を負ってもらえること」とメリッサに批評されるニック。そんな彼と別れる気はないと断言する、自身も浮気を繰り返してきたメリッサ。そして自信に満ち、保守的な人間を優雅に論破していくボビーにも、己の限界を意識しているかのような言動が見え隠れする。
 絶え間なく繰り出される不安と怒りの波、理性と感情のせめぎ合い、自尊と卑下のミルフィーユ。「こじらせ」とは日本では揶揄(やゆ)として使われることの多い言葉だが、彼らの「こじらせ」はより良く、より真っ当に生きたいという意思から生じているように見えるからこそ根が深い。
 「悪人も含めた全人類を愛せるだろうか?」。不倫をし、自己コントロール能力を喪失し、全てを失ってもなお愛に葛藤するフランシスの姿に、私たちは自分が何者なのかさえ分からなくても、迷い思考し続け人生の中で重大な判断を下しながら生きていく他ないのだと思い知らされる。現代の多様性への挑戦がもたらす、社会と自己の、自己と自己の融合と分裂という繊細なテーマを、ここまで雄弁に描ききる小説の誕生は、血が流れるような衝撃的な事件と言っていいだろう。
    ◇
Sally Rooney 1991年生まれ。アイルランドの作家。デビュー作の本書で一躍有名になり、ドラマ化も進む。